ナット・キング・コール《ザ・クリスマスソング》は、ファンタジーを越えて。父を想う娘の心情に、自虐の念が宿るとき…。

赤茶色の街に雪が降るころ

一昔前のクリスマスソングと言えば、《ホワイトクリスマス》か、この《ザ・クリスマスソング》でした。ナット・キング・コールの歌声は、真冬のペチカのような父性的な豊かなあたたかさ。そのあたたかな愛情のなかで、揺れる娘心の物語。

クリスマスは大嫌いなくせに、クリスマスソング(ジャズボーカル)は大好きな、超ひねくれ者の僕のフェバァリット・クリスマスソングが、この《ザ ・クリスマスソング》なのです。ナット・キング・コールの魅惑のベルベットボイスは、包み込んでくれる様な大きさと優しさがあり、本当に良い声!この声を保つために、たくさんの煙草を吸っていたらしいのですが、専門家によりますと、これは大きな間違いで、ただ高音が出なくなるだけだそう。

何はともあれ、ナット・キング・コールの歌声を聞くと、僕には、思春期に揺れる少女の複雑な心情を思い起こさせるのです。

その訳とは…。

一切受験勉強をしないまま、無試験の高校推薦で三流大学に合格。その高校も追試を受け、やっとのことで卒業する体たらくの僕。それでも春の陽気に心が踊り、抑圧された高校生活からこれから始まる自由な大学生活に期待を馳せる、大学入学までの春の景色は、それまでの人生で一番美しく光輝いて見えました。

印象派の画家達が描きたかった若葉の輝きや、水面の煌き、そして光や風の様々な色を理解したのも、この年の春の景色でした。 さらにこの春には、自動車免許取得という人生初の国家資格?を取得。そして免許取得のために通った自動車学校で、春の景色よりも何倍も美しく光り輝く女の子と巡り合うのです。

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その自動車学校の事務員として働く女の子に一目惚れ。しかし内気でコミニュケーションが苦手、その上ひねくれてへそ曲がりな空気を全身にまとった当時の僕は、女の子に良い印象を与えるはずもなく始めから諦めていたのですが、その春だけは宇宙が僕に身の程以上の光を射してくれ、奇跡的にその子と付き合える展開となるのです。

始めての彼女。

それでなくても光り輝いていたその年の春は、本当に空も飛べる程に有頂天。人が十全な喜びに浸った時、重力が無くなる程に身体が軽くなるのではないか? と、真剣に思ったほど、脳みそに花が咲き乱れた春でした。

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その子の名前は緑ちゃん。 とにかく明るく愛嬌のある子でした。

何度逢ってもその度に緊張して胸がドキドキする僕は、緑ちゃんの手も握れなかったのですが、その笑顔を見るだけで幸せでした。

僕の始めての愛車は、親戚のおじさんから譲り受けた軽自動車・三菱ミニカのオンボロ車。デートの時は、僕の住む戸畑区(北九州市)から緑ちゃんの住む若松区(北九州市)へ愛車を走らせます。それを遮る洞海湾を赤茶色の大きな吊り橋《若戸大橋》が繋ぎます。僕と緑ちゃんを繋ぐ赤茶色にくすんだ《若戸大橋》は、ゴジラ映画の中では大怪獣へドラに破壊されてしまったのですが、当時の僕にとっては、レインボーブリッジ。まさに虹の架け橋だったのです。

助手席の緑ちゃんの横顔と笑い声、そしてその背景に映る玄界灘は、その頃の僕のすべてでした。

そして彼女と過ごす、始めてのクリスマスがやってきます。

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子供の頃の我が家は、とても貧乏だったのですが、駄菓子や、安物のおもちゃ、少年雑誌など、安くてかさばるものを大量に風呂敷に包んだクリスマスプレゼントが、毎年12月25日の朝、子供達の枕元に届いています。クリスマスプレゼントを風呂敷に包むセンスや、駄菓子やおもちゃのセレクトのセンスは明らかに母親のもので、幼い頃からサンタクロースを信じるファンタジーを与えてもらう隙間もなく、当たり前の様に母親からのプレゼントだと思っていた僕に、クリスマスをセンス良く楽しむデリカシーなど皆無だったのですが、そこは緑ちゃんとの最初のクリスマス。クリスマスプレゼントのセレクトに無い頭を悩ませます。

大学生になって始めた、時給350円のパブのウエーターのバイトで貯めた貯金では、大したものは買えなかったのですが、精一杯背伸びして安物の銀の指輪と、僕の一番大好きなクリスマスアルバム ナット・キング・コール《クリスマスソング》というアルバムを買い求めます。

当時はまだレコードの時代 。その上随分昔のアルバムだったので、探すのに苦労した覚えがあります。これをカセットテープに録音(当時はiTunesどころかCDすらありません)して準備万端。

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12月24日、バイト終りの夜10時頃、愛車の三菱ミニカのオンボロ車にプレゼントを積んで、若戸大橋を渡り、緑ちゃんの待つ若松へ向かいます。そして緑ちゃんを助手席に乗せ、戸畑と若松と若戸大橋の夜景を一望できる《高塔山公園》に車を走らせます。

展望台に車を止め、用意してあったナット・キング・コールの《ザ・クリスマスソング》を録音したカセットテープをBGMにして、 銀の指輪のプレゼントを渡そうと緑ちゃんを見ると、何故か涙をポロポロと流しています。

その涙の意味が理解出来ずに躊躇している僕に向かって…。

緑ちゃん   ゴメンね、かっちゃん。せっかくのクリスマスやのに…。

僕      どうしたと?

緑ちゃん   この歌、ナット・キング・コールやろ?

      そう。アメリカのジャズシンガー。知っとったと?

緑ちゃん   うん。お父ちゃんが大好きやったけ…。

      お父ちゃんって…。

それまでの緑ちゃんからの話では、お母さんと妹、それに緑ちゃんの三人の母子家庭で、お父さんはいないと言う事。どうしていないのかは、緑ちゃんは話さなかったので僕も聞かずにいたのですが……。 緑ちゃんがお父さんの話をするのは、その時が始めてでした。

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クリスマスツリーの様にライトアップされた、赤茶色の若戸大橋を見下ろしながら、緑ちゃんは問わず語りに話し始めます。

お父ちゃんの仕事は鋳型職人でね、職場は戸畑にあった八幡製鉄(新日本製鉄の前身)の下請けの町工場やったと。わたしが物心付いた頃から毎朝早よう家を出て、若松の渡し場から戸畑まで、渡し船に乗って通っとった(まだ若戸大橋が架かる前の時代)。その頃は高度成長期が始まろうちする頃で、どの町工場もフル稼働で、お父ちゃんも夜遅うまで働いとった。

家に帰って来たお父ちゃんは、朝着とった灰色の作業服が鋳型の砂の独特の赤茶色に染まっとって、 家中に砂型の油臭い匂いが充満して臭かったんやけど、そんなん全部含めてお父ちゃんが大好きやった。無口やったけど、怒ったとこ見た事ない優しい人やった。

そんなお父ちゃんにも唯一の趣味があったとよ。

それが凄いオシャレでね、コーヒー豆をデパートで買ってきて、家のミルで豆を挽くと。その頃誰も持っとらんかったサイフォンでコーヒーを淹れて、毎朝出勤前に一人で飲むんよ。たまに私が早起きしたとき、そのコーヒーの良い香りが家中に漂っとって、 そして静かなクラシックやオシャレなジャズが鳴りよると。

古いラッパみたいな蓄音機が何故か家にあって、それでお父ちゃんは毎朝クラシックやジャズを聴きよると。「何で?」っち、一度お母ちゃんに聞ことがあるんやけど、お父ちゃん若い頃音楽が大好きで、そんな学校に行きよったらしい。なんで止めたかは、お母ちゃん話してくれんやったけど…。

そやけどわたし、早起きした朝は幸せやった。コーヒーの香りと、優しい音楽に包まれながらくつろぐお父ちゃんのそばで、ボヤーっとしながら、 「こんなんが幸せっち言うんやろね」ち、わからんけどそう思いよった。

そして毎年のクリスマスの朝には、靴下にプレゼントがいっぱい! 妹と二人、その日は朝早く目覚ましをかけとって早起きすると。そしたらね、お父ちゃんクリスマスの日は決まってナット・キング・コールの《ザ・クリスマスソング》をかけとると。毎年かけとるけ全部覚えてしもうたっちゃね。だけ、コーヒーの香りと、この曲を聴いたらお父ちゃんとのクリスマスを思い出すんよ。

だけど…、だけど私が中学生になる頃から、大好きやったお父ちゃんが、どんどん好かんごとなっていった。理由はよくわからんのやけど、赤茶色の作業服とその匂いのなかで、お父ちゃんの顔の表情がどんどん無くなっていく様にみえてきて…、そのうち朝のコーヒーの香りも無くなって、優しい音楽も聴こえんごとなった。私の大好きなお父ちゃんとあの幸せが、どんどん消えていくように思えたんよ。

まだ小さかったけよくわらんのやけど、「私のお父ちゃんがおらんごとなる「私のお父ちゃんじゃない!お父ちゃんは生きてない!」 っち思ってしまったと。

わかっとるとよっ!

家族の為に毎日毎日重労働して頑張ってくれよるのにこんなん思っちゃいけんっち!
わかっとるんやけど、なんか知らんけど機械のように無表情で働くお父ちゃんとは話したくなくなって…。

でも、本当に一番好かんやったのはそんな事思っとる私やった。私だって毎日毎日、友達の目を気にしながら自分の心殺して、ビクビクして小さくなって暮らしとる。本当は私だって生きてなかったのに…。 その頃、一番消してしまいたかったんは、そんな私自身やったのかもしれん。

そして…。 私が高校2年の12月24日

お父ちゃん、仕事にいったまま突然おらんごとなった…。 

お母ちゃんにも妹にも何も言わんで、おらんごとなった。

15年勤めた工場の人達にも何も言わんで、おらんごとなった。

私にも何も言わんで、お父ちゃん本当に消えてしもうた…。

お父ちゃんの心の中が何もわからんで、悲しくてずーと泣いとった。

お父ちゃんの大好きやった、この《ザ・クリスマスソング》を何度も聴きながら、お父ちゃんの心の中のことずーっと想いよったら、何故かお父ちゃん頑張れっ、ち叫ぶ私がおった。なんか知らんけど頑張れっち、何回も何度も叫んどると。 自分でも訳分からんのやけど…。

その時私、お父ちゃんは自由になったっち思ってしまったんよ。 今、何処におるのかわからんけど、わたしが見とる同じ空を見上げ、太陽の光を、風を、いっぱい感じて自由に生きとるっち…。

お父ちゃんの心の中も、私の心の中も、何もかんもかわからん事だらけ。わからんまんま皆生きとるんやろう? 人を好きになるんも好かんごとなるんも私には理由なんかわからん。お父ちゃんおらんごとなって、わたし決めたんよ。自分の心殺さんで、自分に正直に生きようっち。

だけ、勇気を振り絞って私から、かっちゃんに声かけて…、こうして今一緒におれるんも、お父ちゃんのおかげ。

これからもずーっと、ちからいっぱい正直に自由に生きようち思っとる。

人の目とか、傷つく事とかを気にして生きとったって、つらくて悲しいだけやん。お父ちゃんも同じ空の下、きっと自由に生きとる、きっと、きっと…。

涙を流しながら話す緑ちゃんの横顔は、眼下の夜景に照らされて美しさを増します。

からす

何にも考えずに、今までボヤーっと生きて来た僕に、緑ちゃん「お父ちゃんは生きてない!生きてないやん!」の言葉が、胸にグサリとつき刺さります。

ナット・キング・コール《ザ・クリスマスソング》の最後のフレーズ、

Although its been said many times, many ways A very Merry Christmas to you (昔から言われているありきたりな言葉だけれど、心からあなたに “素敵なクリスマスを” )

が響く車内で、僕はプレゼントの銀の指輪を渡し、始めて緑ちゃんの手を握ります。北九州工業地帯の公害で赤茶色に染まった街や若戸大橋の夜景は、冬の冷たい空気に美しく映え、 それを優しく包み込む様な白い粉雪がさらさらと舞い降り、クリスマスイヴの夜は更けます…。

赤茶色の街に雪が降るころ2-2

からす

僕と緑ちゃんの恋愛は、プラトニックのまま何故かフェードアウトしてしまい、緑ちゃんを大好きなまま、終わってしまうのです。 その後、蒸発した緑ちゃんのお父ちゃんは見つかったのか、見つからなかったのかは、今となっては知るよしもありません。

からす

毎年のクリスマスシーズン、ナット・キング・コール《ザ・クリスマスソング》を聴くたびに、僕に空を飛べる程の多幸感と、「生きるって何?」の 哲学を教えてくれた緑ちゃんを思い出します。

そしてクリスマスの夜、このくだらない世界を諦めずに生き抜いているすべての人々に、ナット・キング・コールはささやきかけます。

Although its been said many times, many ways A very Merry Christmas to you

おしまい