憂歌団・木村充揮からT字路s・伊東妙子へ。昭和から現代に至るまで、日本のブルースシンガーは、何を語って来たのか?

ブルース

そのシンガーが歌えば、どんな歌でもブルースになる。強烈にブルースを感じさせてくれる日本の歌い手さんといえば? 超私的なセレクトで、昭和から現代に至る日本のブルースシンガーを勝手に語らせてもらいます。

物心のついた頃の記憶。夕暮れの薄暗闇の中、誰もいない六畳の茶の間のテレビから、淡谷のり子先生の《別れのブルース》が流れます。現役の歌い手さんではあったものの、既に懐メロのカテゴリーにあった淡谷のり子先生の異様なビブラートのかかった歌声は、幼年期の僕の記憶に(怖い声で怖い歌をうたう怖い顔の怖いおばあさん)という恐怖のセンテンスで強烈にインプットされます。 《別れのブルース》をブルースと言ってよいのかはわかりませんが、このように強烈な恐怖と共に、僕のブルース体験は始まるのです。

(ブルース=怖い)の初体験から次にインプットされたのは、あっ、あぁーん、の吐息、青江三奈《伊勢佐木町ブルース》で御座います。オカルトの次はエロ。子供の僕にとっては、凄まじい振り幅のブルース体験。(エロい声で、エロい歌をうたう、エロい顔の。エロいお姉さん)という、今度はスケベなセンテンスで、さらに強烈に(ブルース=怖いけどエロい)と、上書き保存されるのです。

そしてさらに襲いかかって来た第三のブルースは、内山田洋とクール・ファイブ《中の島ブルース》。この曲のイントロで流れる、むせび泣くテナーサックスが大好きだったのですが、それよりも強く印象に残っているのは、前川清の直立不動としかめっ面。(苦しそうな声で、苦しそうな歌をうたう、苦しそうな顔の、苦しそうなお兄さん)という、今度は苦痛というセンテンス。(ブルース=怖いけどエロいのに苦しい)という、もう訳の分からないワードで、最終的に僕の脳内にインプットされてしまうのです。

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このように、歌謡曲から始まった日本のブルースは、本場アメリカのブルースとは大きく異なった形(僕だけか?)で大衆に浸透してしまいます。 同じ頃、テレビで見たアメリカのハリウッド映画で、《五つの銅貨》を歌うサッチモ(ルイ・アーム・ストロング)をしっかり記憶しているのですが、 ブルースは、(怖いけどエロいのに苦しい)と、しっかりインプットされている僕にとって、明るく、愉快で、心地よいサッチモの歌は、露程もブルース には結びつかなかったわけです。

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高校生になった僕は、歌謡曲からフォークソングに興味が移ります。ロックにイマイチ乗り切れない頃、ラジオから流れて来た、荒木一郎《君に捧げるほろ苦いブルース》に一瞬にしてジュンときます。子供の頃、荒木一郎《今夜は踊ろう》《いとしのマックス》《空に星があるように》等の曲が大好きだったのですが、久しぶりに聴く荒木一郎のブルースは、オシャレでシックなイメージで、幼年期に強烈にインプットされた(怖いけどエロいのに苦しい)という訳の分からないブルースのイメージを一掃してくれました。

クラリネットやマンドリンの音色が心地よい、ディキシーランド・ジャズ調 の不思議な曲で、その後、ブルース、ジャズが大好きになるきっかけを作ってくれた曲でした。

https://blog.akiyoshi-zoukei.com/katsu/422-2

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同じ頃、何となく気になっていた寺山修司の文化圏の中から、カルメン・マキ、浅川マキ、そして《別れのサンバ》長谷川きよしなんかを横目に見ながら、最初に日本のブルースシンガーにハマったのは、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの宇崎竜童。この人の音楽の根っこは、確実にブルースで、最初の頃はサッチモを真似てトランペットも演奏していたほど。歌謡曲の色濃いこの人のブルースは馴染み易く、ブルースのみのアルバムも3枚《あゝブルース Vol.1〜3》リリースしています。

名曲も沢山ありまして、バラードの《涙のシークレット・ラヴ》が、不意に深夜放送で流れてきたとき、不覚にも涙したもの。また、沖縄の現状をラヴソングの形に変えて歌った、メッセージソングの隠れた名曲、《沖縄ベイ・ブルース》は、素晴らしい出来でした。

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そんな時、「ブルース、ナメとったら承知せぇへんどっ!」と登場したのは、歌謡曲の枠から完全に脱却し、始めて本場メンフィスの風を日本に吹き込んだ、本格的なブルースバンド《憂歌団》

凄まじいカルチャーショックでした!《おそうじオバチャン》を始めて聴いたときの衝撃は今でも鮮明に覚えています。今まで聴いていた僕のブルー ス、あれは何だったのか?僕の耳に大音量で、「これがホンマモンのブルースなんじゃい!」と、ヴォーカルの木村充揮のしわがれ声で怒鳴られ、さらには、ギターの内田勘太郎からは「これがホンマモンのブルースギターなんじゃ、ワレぇ!」とカルピスの瓶のネック(わかるかなぁ?)で殴られるのです。

とにかく《憂歌団》は凄すぎました。ブルースのスタンダードナンバーからオリジナルナンバーまで、すべてに圧巻なのです。たった四人の演奏にもかかわらず、その破壊力は圧倒的で、ライヴを観に行った時、意味も無く「本物だぁ!」と叫んだほどです。

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関西からは、《憂歌団》を始めとして沢山のブルースシンガーが輩出されていますが、地道な活動を続けていた、上田正樹《悲しい色やね》の大ヒ ットで、一躍メジャーに躍り出ます。そして新世界の歌姫、大西ユカリのド演歌ブルースの楽しさは、理屈抜きに痺れるのです。

関東からは、萩原健一(ショーケン)のバックバンドから世に出た、柳ジョージ&レイニーウッド。そして東洋人として初の全米ツアーを成功させた、大木トオルのブルースバンド。さらに極めつけは、近藤房之介《踊るポンポコリン》で、♪パッパパラリラー!と叫んでいたオッサンなのですが、この人の声は、ブルースを歌う為に天からその声を授かったとしか思えないほどで、《Good by morning》、何度聴いても泣けてきます。

沖縄からは、誰もが知っている(しまんちゅう)、BEGIN(ビギン)。知らない人もいるでしょうが、ビギンは生粋のブルースバンドで高く評価されたグループで、デビュー当時は、ちょっとオシャレな都会的なブルースをやっていたのです。

そしてコリアンジャパニーズのブルースシンガー、荒井英一を忘れる訳にはいきません。渾身のアルバム『清河への道~48番』の大作は、第37回日本レコード大賞アルバム大賞を受賞。とにかく一度聴いてみて下さい。当初は日韓関係の解決を考える糸口として期待されていたのですが…。

カバーアルバム、《LIV E IS BEST Vol.1〜3》は多くの昭和歌謡を歌っているのですが、そのすべてに新たな息吹が吹き込まれ、荒井英一の原点がわかるのです。痺れました。

https://blog.akiyoshi-zoukei.com/katsu/post-481

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ブルースギタリストとしては、ボトルネック奏法の内田勘太郎。本場メンフィス仕込みのギタリスト石田長生。ニューオインズからは山岸潤史。 超絶テクニックのChar。日本のジャズギタリストでは異次元のテクニックを誇る渡辺香津美。そして最近知ったのですが、還暦過ぎてから、メジャーデビューを果たした、奇跡のブルースギタリスト濱口祐自。いやーっ、その佇まいから生き様まで、すべてがブルースを感じさせてくれます。そこはかとなくあたたかで優しいその音色は50オヤジの琴線に触れまくりなのです。

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アフリカから強制的に奴隷として連れてこられた黒人達。凄まじく過酷な労働を強いられる綿花畑での作業中、その辛さを和らげる為に歌われた労働歌。それに黒人霊歌等が融合し、悲しみや、孤独を歌ったものがブルースの始まりです。その視座は常に弱者からのものでした。

ブルースの定義は、音楽的には、ブルーノート・ペンタトニックスケールや基本的なコード進行などはあるものの、ジャズ、ロック、R&B、ブルーグラス等に融合 、分離されてゆき、定義は曖昧なのです。

黒人でなくとも、その精神を持って、魂の音楽をやっているミュージシャンは、すべてブルースマンです。 どのジャンルの曲を演奏しても、ブルースの魂が感じられれば、その時点でそれは、ブルースなのでしょう。

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最後に、今もっとも注目される、ギターとベースのみのコンビのブルースバンド《T字路s》 久しぶりにコテコテのド・ブルースを歌うヴォーカルは、何と女の子! その名は伊藤妙子! ビビるくらい凄いんです! 《憂歌団》木村充揮以来の土の匂いのする、エグイほどのしわがれ声で歌われるブルースは、最初の一音を聴いた瞬間から、虜にさせてくれました。

結成7年目にして初のオリジナル・フル・アルバム「T字路s」が、今年三月にリリースされ、知名度も広がり、のりにのっている《T字路s》。更なる活躍を期待しております。

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百人と色の人生、誰もが心の奥底にブルースの魂を宿しています。歌謡曲から始まった日本のブルースですが、いまや本場アメリカのブルースとは違った魅力を放つブルースと発展し、《共感》《容認》《哀愁》の音楽として、僕の心の奥底に鳴り響いています。

おしまい