《風を感じる名曲10選》あらゆるジャンルの中から超私的に厳選した =Wind Songs =

風の風景

目には見えず、心と身体で感じる自然現象《風》。古の昔から日本人は想いの丈を《風》に託し、その時々の心情を《風》に置き換え、繊細で豊かな感受性を育んできました。そしてその感受性は、和歌や短歌や俳句という日本独自の文章表現に変換され、今では流行歌にも受け継がれながら、人々の心に多種多様な風を吹かせています。

人は誰もただ一人旅に出て   

人は誰も故郷を振り返る

ちょっぴりさみしくて振り返っても

そこにはただ風が吹いているだけ

人は誰も人生につまずいて   

人は誰も夢やぶれ振り返る

1969年にリリースされた、はしだのりひことシューベルツの楽曲、《風》の一節。

北山修・作詞、はしだのりひこ・作曲の大ヒット曲で、もう、半世紀近くも前の曲になるのですね。僕が中学生のころで、一番上の姉がクラシックギターをちょっとだけかじって(お決まりの“禁じられた遊び”のアルペジオで挫折)ほったらかしにしてあったガットギターのナイロン弦を 勝手にスチール弦に替え、最初に練習した曲がこの曲でした。

当時は詩の深い意味は分からなかったのですが、メロディーラインが切なくも物悲しく、「悲しすぎるやん~っ!」さらに「救いようがないやん~っ」と思いながら歌っていた記憶があります。

なんせ、人は皆もれなく人生につまずいて、もれなく夢やぶれるのです。そしてふと、後ろを振り返れば、そこにはただ、無常の風が吹きすさぶだけなのです。

一神教のアメリカで育ったボブ・ディランは、答えは、“風が知っている”と歌うのですが、多神教の僕たち日本人は、“無常の風そのものが答え”だと歌うのです。

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そう、このように日本人が風を感じるときは、もれなく諸行無常の鐘が鳴り響くのです。

今回の《風を感じる名曲10選》は、少し無常の風も含まれていますが、比較的穏やかで、心地の良い、春のそよ風のような、「あ~ぁ、生きててよかった」と僕自身が感じられた曲を選出。個人差がありますので異論があっても怒らないでちょうだいね。

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①《能古島の片想い》井上陽水

まずは福岡は飯塚市が生んだ天才シンガーソングライター・井上陽水の初期の名曲です。福岡市西区に姪浜渡船場というところがあり、そこから小さな渡し船に乗ると、10分ほどで博多湾の真ん中にぽっかり浮かぶ美しい島《能古島》に着きます。春は桜、菜の花。秋はコスモスの花が一面に咲き誇る、福岡でも屈指の花の名所で、とても穏やかな島。この曲は、井上陽水がこの島に滞在した折、当時片想いだった彼女へうたった歌なのです (もしかしたらフィクションかも?)。

つきせぬ波のざわめく声に

今夜は眠れそうにない

浜辺に降りて裸足になれば

届かぬ波のもどかしさ

僕の声が君に届いたら素敵なのに

つめたい風は季節を僕に

耳うちすると逃げてゆく

時折り砂はサラサラ泣いて

思わず僕ももらい泣き

僕の胸は君でいっぱいで こわれそうだ…

なんと瑞々しく美しい歌詞。素晴らしい! 僕も何度か能古島に渡った経験があるのですが、この曲を聴くと、その時に受けた穏やかな海風の感触や、やさしい波の音を明確に思い出すのです。僕が高校時代にヒットした曲で、当時美術部の女の子に片想いをしていた心情をそのままうたってくれているようで、僕にとってはとても印象的で思い入れのある曲なのです。

能古島の潮風に託した僕のこの切なる想いが、海を渡って君のいる街に届いてくれたなら、どんなに素敵なことだろう(女々しくてすみません)。

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②《マイ・ピュア・レディ》尾崎亜美

資生堂のCMソングとして1977年リリース。 最初に耳にしたとたん、春先のさわやかな風が僕の身体に吹き抜け、その瑞々しさとオシャレ感にノックアウトされ速攻レコード店に。まだジャズを好きになっていなかったのですが、それまでのニューミュージックには無かったボサノバの風を感じ、なぜか今から新しい時代が始まるような予感がして、意味もなく一人でワクワクしたのを覚えています。

冬の厳しい風が、ある日突然穏やかな春の風に変わり、草木の緑の彩度も鮮やかに、明度も明るく見え、川面も今まで見たことのないほどに煌めいているように感じたあの日。暗かった青春時代を潜り抜けた先に見えた、光と風の春の景色。なんの根拠もないのだけれど「きっと上手く行く」と、僕に思わせてくれた思い出の曲が、この《マイ・ピュア・レディ》なのです(女々しくてすみません)。

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③《ブルース・ウォーク(Blues Walk)》ルー・ドナルドソン

女々しくてすみませんが2回続いたので今回は、コッテコテのブルース・サックス吹き、ルー・ドナルドソン先生に登場願いました。

ジャズに理屈はいりません! 心地よいソウル&ファンキーな風を吹かせながら、颯爽と軽快にサックスの音が鳴り響きます。コテコテのブルースなのに何故か明るく軽い、ルー・ドナルドソン先生のアルトサックスの音色は

「お前の悩みや、生き辛さもわからんではないが、とりあえずオイラの音を聴いてみないか?」「だまされたと思って、一度でいいから オールオーケーで生きてみないか、これでいいのだ!で、やってみようじゃないか」と肩をポン、とたたいてくれているように聴こえてくるのです。

そう、ソウル&ファンキーな風を感じながら、思い悩む時間を 豊かで気持ちの良い時間で覆いつくしてしまえば、人生オールオーケーなのです。

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④《風の詩を聴かせて》桑田佳祐

日本が生んだ史上最高のロック歌謡アーチスト、桑田佳祐

この人の作る曲の源流には確実に昭和歌謡曲の水脈が流れ込んでおり、そのメロディーラインはことごとく日本人の琴線をくすぐるものばかり。この曲は2007年に、映画『Life 天国で君に逢えたら』の主題歌として作られました。この映画は、ガンのために38歳の若さで他界したプロウィンドサーファーのドキュメンタリーで、その主人公に捧げたもの。聴くものの魂に訴えかけるような言葉のセレクトとメロディーライン。桑田節炸裂のバラードなのです。

この人は唯一無二の天才的なアーチストでありながら、高く広く俯瞰した目で自身の立ち位置や作品を冷静に分析できるプロデュースの才能も超一流で、どこまでも大衆音楽の流行歌としてのエンターテーメントを追求しており、そのサービス精神は芸人(芸人ではないのだけど芸人以上)の鏡なのです。

落語の精神、業の肯定から人間を捉え、そのどうしょうもない人間の視線から世の中を見、そのすべてをふまえた上で語る無常の世界観は、不条理な世界に生きる僕たちに何らかの勇気と生きる力を与えてくれます。

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⑤《ブルー・ベルベット》《ミスター・ロンリー》ボビー・ヴィントン

ボビー・ヴィントンの名前は知らなくとも、僕の世代の方々は、この2曲はどこかで聴いたことがあるはず。ニール・セダカポール・アンカほど日本ではメジャーではないのですが、50・60年代のアメリカンポップスの風を日本中に吹かせてくれた一人でした。

まずは《ブルー・ベルベット》

1963年にリリースされた60年代アメリカンポップスのスタンダード。

蒼い天鵞絨に身を包んだ彼女

それは天鵞絨よりも蒼い夜

それは繻子よりも優しく輝く星の様

蒼い天鵞絨に身を包んだ彼女

それは天鵞絨よりも蒼い瞳

それは皐月よりもやすらかな彼女の囁き

※読めん字ばっかりやん!!
はい、調べました。天鵞絨(てんがじゅう)と書いてビロードと読みます。 繻子(しゅす)サテンのこと。

なんとも官能的な歌詞! ただただ、ブルー・ベルベットのドレスにに身を包んだ彼女の美しさをうたい上げる歌。しかし、この歌を僕に強烈に印象付けたのは、デヴィッド・リンチ監督の映画《ブルー・ベルベット》なのです。

ブルーベルベット

日常(善)の中に非日常(悪)が見え隠れし、人間の理性という偽善をはぎ取った、ぞくぞくするようなむき出しの異常性を ありふれた日常と共に観客に見せ、「さぁ、どうする?」と放り投げて終わる、とんでもないミステリー映画。

この中でクラブ歌手、ドロシー・ヴァレンズが歌う《ブルー・ベルベット》があまりにも素晴らしく、僕の全身に背徳の風(どんな風だ?)が初めて吹き抜けたのです。

そして《ミスター・ロンリー》

深夜のFM番組《ジェット・ストリーム》のテーマソングとしてあまりにも有名な曲。ストリングスの美しいインストゥルメンタルにアレンジされたこの曲をバックに城達也の心地よいナレーションを聴きながら眠りについていた方も沢山いらっしゃることでしょう。

そのオープニングのナレーションが最高に素晴らしく、この曲とは全然関係ないのだけれど紹介させてください。

遠い地平線が消えて、 ふかぶかとした夜の闇に心を休める時

はるか雲海の上を音もなく流れ去る気流は、 たゆみない宇宙の営みを告げています

満天の星をいただく、はてしない光の海を ゆたかに流れゆく風に心を開けば

きらめく星座の物語も聞こえてくる、 夜の静寂の、なんと饒舌なことでしょうか

光と影の境に消えていったはるかな地平線も 瞼に浮かんでまいります

はてしない光の海を ゆたかに流れゆく風に心を開き、饒舌な夜の静寂に耳を傾けながら、眠りについた青春時代の僕(嘘つけ!)。 (饒舌)(夜の静寂)などの難しい言葉は、この番組から教わったのです。

今でもこのオープニング曲と城達也のナレーションを聴くと涙が止まらない僕なのです(女々しくて すみません)。

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⑥《すぐそこの奇跡》下田逸郎

下田逸郎の名曲は限りなくあるのですが、近年の最高傑作(僕が勝手に思っています)がこれ。YouTubeMVが上がっているので是非、聴いてみてください。

すぐそこの奇跡

https://www.youtube.com/watch?v=yv0gc0Bh8FE

福岡の海岸線道路や田園風景(糸島半島?)を淡々と映しながら流される、下田逸郎の美しく響く日本語の詩とメロディー。恋愛ソングが多かった下田逸郎なのですが、この曲は人生の紆余曲折の末たどり着いた、虚飾がはぎ取られたあるがままの心の在り様を さりげなくうたった歌。どストレートに奏でられるフルートの調べは、なぜか心に沁みます。そしてその歌詞。素晴らしい!本当に素晴らしい!最高に素晴らしんですぅ~~~~~~っ!(うるさいわっ!)

もうすぐ友達に逢える  その角あなたで曲がれば

もうすぐ恋人に逢える  あなたがあなたでさえいれば 

細い路地をぬけてやっと今気づく  感じる力だけは無くさずにいたと

いくつかは見落としたけれど  愛の軌跡は途絶えず生まれる

もうすぐ友達に逢える  その角あなたで曲がれば

もうすぐ恋人に逢える  あなたがあなたでさえいれば

上り坂の途中だいぶ舞い上がり  下り坂でしゃがみ閉じていた心

少しだけ開けた窓に風  誘ってくれて本当にありがとう

もうすぐ友達に逢える  その角あなたで曲がれば

もうすぐ恋人に逢える  あなたがあなたでさえいれば

あなたがあなたのままでその角を曲がれば…、感じる力(感受性)さえ失わなければ、人は生きていけるのです。どんなにつらくても心の窓だけは、ほんの少しでいいので開けていてほしい。 きっときっと、いつの日か、心地よい風が吹きぬけるから…。

もうすぐ逢える友逹とは?恋人とは? ♪少しだけ開けた窓に風 誘ってくれて本当にありがとう♪ のフレーズは、なぜか泣けてくるのです(女々しくてすみません)。

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⑦《風は知らない》ザ・タイガース 

この《風を感じる名曲10選》の記事を書こうと思ったきっかけになった曲がこの曲でした。

昔から好きな曲ではあったのですが、沢田研二 70YEARS LIVE『OLD GUYS ROCK』のセットリストに上がっていたので、懐かしくなって改めて聴いてみたのですが…………、

な、なんか いいっ!!

タイガース時代のジュリーの歌声は甘ったらしくてあまり好みではなかったのですが、この曲をうたう若き日のジュリーの歌声はこの歌にぴったりで、エンドレスリピートで一日中聴いてしまいました。

本当の意味でタイガース最後の楽曲。そう、加橋かつみ脱退直後にリリースされたシングルだったのです。音楽性の違いで、加橋かつみのグループ離脱の動きを察知した、当時絶対的な力を誇った渡辺プロが、加橋かつみ一人を悪者にした脱退劇をでっち上げ、トッポタイガースを離れます。

詳しい真相は僕にはわからないのですが、その時期、トッポは母親とともにホテルに軟禁されていたそうで、今の時代であれば、渡辺プロと副社長・渡辺美佐はメディアからの総バッシングにあい、ただではすまなかったことでしょう。

この曲は《美しき愛の掟》のB面として発表された曲なのですが、な、なんとそのレコードジャケットに映ったトッポの横顔だけにぼかしが入っており、「これはエロ本か?どんだけ雑なんや!」と、今にして思うのです。

《美しき愛の掟》も衝撃的な曲ではあったのですが、当時、ジュリー狂の僕の母親が何故か《風は知らない》ばかりを聴いており、僕の耳にも深く刻まれていたのです。

作詞:岩谷時子・作曲:村井邦彦の手によるもので、どこかカレッジフォークの匂いがするのですが、ジュリーが歌うとフォークソングには絶対にならなくて、やはりどこか垢ぬけてカッコいいのです。

今回改めて聞き直しその歌詞をじっくり眺めてみると、やっぱり岩谷時子はすごい! 以前、《君をのせて》の記事を書いた時も思ったのですが、その当時の歌い手の心情をタイムリーに表現しており、タイガースの行く末に、何か感じるものがあったとしか思えない歌詞の内容なのです。

風は飛ぶ 枯草の上を

空にある 幸せをさがしながら

風は泣く 大空の胸を

淋しさに 夜更けもめざめながら

きれいな虹に めぐりあう日を 

ただ夢見て 雲の波間をさまよう

昨日鳴る 鐘も明日はない

大空の広さを 風は知らない

今までの《風を感じる名曲》は、人の心情を風に託したり,ゆだねたりの曲だったのですが、この歌は風を擬人化しており、風感じるのではなく、風感じる世界観なのです。

当時のタイガースの5人のメンバーが風となって枯草の上(芸能界)を飛びます。おそらくプロダクションにがんじがらめにされながら、がむしゃらにアイドルとして走り続けていた5人は、空の彼方に希望を感じていたのでしょう。そして思うようにならない現実(解散を暗示?)に風は泣きます。きれいな虹(理想や喜び)に巡り合うため、雲の波間(世の不条理)をさまよいます。

昨日鳴る鐘とは何か? 5人のハーモニー?トッポの歌声?それともファニーズ結成時の5人の絆?

当時は、様々な苦悩や軋轢を大空(天)にゆだねる事、それらを十分に受け止めるほどの大空(天)の広さ大きさを 風(5人)は知らなかったのでしょう。

多感な若者の誰もが感じる世の不条理や自分自身の心の狭さ。その自分自身が風となり一人荒野を飛び出してゆく若者の心情を、これほどに簡潔に普遍的にさらっと表現してしまう岩谷時子。そしてその言葉をより情緒的に伝える村井邦彦のメロディーラインの素晴らしさは、さすがプロフェッショナル!

確実にリズムを刻みソフトで包容力のあるサリーのベースラインに乗ってジュリーが滔々と歌います。4人のバックコーラスのハーモニーの美しさ、さらにはジュリーのメロディーの裏を奏でる、今はもういないトッポの、♪昨日鳴る 鐘も明日はない♪ の美しい哀愁の歌声。当時のタイガースの背景を知る者にとってこれほどに涙を誘う曲を僕は知りません。タイガースのバラードの隠れた名曲なのです。

僕は今月19日に、福岡国際センターでのライヴに参戦予定なので、今現在、古希になった仙人ジュリーがうたう《風は知らない》は、どの様な風を僕たちに届けてくれるのか、今からとても楽しみなのです。

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⑧《AKIRA》吉田拓郎

一時期、ジュリーと大変仲良しだった吉田拓郎。その吉田拓郎の隠れた名曲がこの曲《AKIRA》

オムニバスアルバム《古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう》の中の《イメージの詩》から吉田拓郎を聴き続けている僕にとって、大好きな曲は数々あるのですが、なぜか一番聴きこんだ曲がこの曲なのです。

知る人は少ないのですが、不思議な魅力があり大好きなのです。 おそらく幼少期、身体の弱かった拓郎自身のエピソードを集め、往年の日活スター(アキラはおそらく小林旭)の名前を散りばめ、映画の様なフィクションを作り上げ、歌った曲なのでしょう。設定は幼稚園で、けんかが強く男気のある、友達アキラとの友情物語。幼稚園児のくせに、ませたエピソードがいくつも出てきて笑わせてくれるのです。しかし、もしかしたら 、少年拓郎の弱い心が主人公の僕で、拠り所としてのもう一人の強い自分【AKIRA】を心の中で創造し、それを歌ったのかもしれません。

いつまでも友達でいよう

大きくなっても親友でいよう

シュロの木の下を 風が吹いている

しかし友情物語だけで終わらないのが吉田拓郎。歌の終盤に畳みかけるように泣かせにかかる(僕だけ?)のです。卒園間近の二人。アキラに頼り切って過ごした幼稚園時代も終わりを迎えます。

来年は俺等も小学生になる でも 同じ学校へは行かないだろう

「俺はもっと男をみがくから お前は勉強にはげめ」と言われた

尊敬するAKIRAともお別れだ 自信はないけど一人でやってみよう

夕日に向かって走って行く あいつの姿を忘れない

此処からが素晴らしい!

生きて行く事にとまどう時 夢に破れさすらう時

明日を照らす灯りが欲しい時 信じることをまた始める時

AKIRAがついているさ AKIRAはそこにいるさ

シュロの木は今も 風にゆれている

シュロの木は今も 風にゆれている

そう、AKIRAは誰の心の中にも存在し、シュロの木はただただそれを見続けており、今尚その下を時の流れの風が吹き抜け、その葉は祝福の風にゆれているのです。

 シュロの木2

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⑨《 できること 》福原希己江

テレビドラマ《深夜食堂》の挿入歌で知った福原希己江。そう、オヤジ殺し(誰が言った?)の福原希己江の名曲なのです。

毎日、毎日、毎日、毎日、満員列車に揺られ、会社の部下には目いっぱい気を使い、上司からはありえないノルマを課せられ、得意先にはひたすら頭を下げ、すがるように契約をもらう日々。会社をやめたくても30年の住宅ローンに足枷をされ、その我が家に帰れば冷えた食事が暗いダイニングの食卓に一人前。 娘からは雑巾のように臭いと罵られ、嫁との会話は、飼い犬を通してかろうじて成立します。

そんなくたびれ果てて眠りにつく、お父さんの加齢臭を福原希己江の子守歌《 できること 》が優しい風で消臭力~~ィしてくれるのです。

福原希己江の歌声は、静かにお父さんの五臓六腑に染みわたり、癒しと安らぎを与えてくれます。

そんなに頑張らなくていい、頑張らなくていいんだと。

真面目で几帳面で、使命感の強い人ほど、躁うつ病を発病するそう。僕みたいにどんなことがあっても夜はぐっすり眠れる超鈍感な人間には無縁の病気なのでしょうが、一度発病すると一生付き合わなければならないやっかいな病気なのだそうです。

追い詰められてどうしようもなくなったときは、出来るなら一度その場を離れて、この曲を聴きながら、窓を開けて夜空の星を眺めつつ、夜風を感じてみてはいかがでしょうか?

あたしの歌はなんにも 力なんかないけど

あなたの心を少しだけ 撫でるくらいならできるかも

思い出を忘れたいなら さぁ あたしが消しゴムで 消してあげるから

安心して  おやすみなさい……。

そう、人間 “できること“ は限られており、共に寄り添う事くらいしか出来ないのだけれど、それこそが誰もが求めているもの。そして人生は、消しゴムで消して何度でも何歳になってもやり直せるはずなのです。

そう、人は何時だって上書き可能、生きている限り希望は消えないのです。

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⑩《青い珊瑚礁》松田聖子

人生で3度だけ、風を感じただけで、これ以上何もいらないと思えるほどの至福感を味わった経験があるのです。

「寝言は寝て言え!」と総突っ込みされそうな戯言なのですが、理屈ではなく僕がそう感じたんだからしょうがない。 その一回目が超絶恥ずかしいのですが、《青い珊瑚礁》を歌う聖子ちゃんの歌声を突然、風と共に感じた時。

大学を中退、将来何をしてよいのかわからないままボヤーッと過ごしていた時期、友人がデザインの専門学校に行くことに。話を聞いていると僕にも出来そうな仕事に思え(根拠はありません)安直に一緒に行くことに。途中、学費が足らなくなりタクシーのアルバイトを始めます。

空車で窓を開け、初夏の柔らかな風を浴びながら、街を流していたところ、突然カーラジオから《青い珊瑚礁》が鳴り響きます。デビューしたばかりの松田聖子を僕はまったく知らなかったのですが、最初のフレーズ、

♪あーーっ 私の恋は南の風に乗って走るわ♪ の第一声、

♪あーーーーっ♪の突き抜けた歌声に身体全体がシンクロしてしまい、訳もなく

「もう幸せっ!なんもいらん、生きててよかった!」

という言葉になる前の至福感が僕を包みます。意味もなく涙があふれだし、

「えっ、なにこれっ! そ、そんなわけないやん、あり得ん!」

と独り言。幸い車内は一人っきりだったので、恥ずかしくて誰にも話さなかった(今、しっかり書いとるやん!)のですが、いまだに訳が分からないのです。

鳥の鳴き声や、雨音などを聴いた瞬間、何らかの気づきを得るなんて話は聞いていたのですが「ワシは聖子ちゃんかい!」と(聖子ちゃんファンの方ゴメンナサイ)一人突っ込み。その上、至福感はその一瞬だけで、すぐさま自分の安住の地、「アノヤロー、コノヤロー」の世界へ逆戻り。その後、ただただ風を感じて一瞬だけ至福感に包まれた経験が二度ほどあるのですが、「だから何だ!」の世界で、なんの気づきもないのですよ、これが(泣)。

そんなわけで(どんなわけだ?)聖子ちゃんだけが一瞬でも僕に100パーセントの至福感を与えてくれた唯一のミュージシャンだったことをここにカミングアウトし、好き嫌いの限りを越えて、この曲が《風を感じる名曲10選》の最後の曲に選出されたわけであります。

からす

今回はずいぶん女々しくなってしまって恥ずかしい限りなのですが、そもそも風という現象は感情を伴いません。ただただ風は人の心のフィルターを吹き抜けます。その人の心のフィルターがその風に色をつけてしまうわけなのですが、 出来る事ならば何時の日か、透明のまま僕の心の中を通り抜けてほしいものです。

でも虹色だったら人生楽しいかも…。

おしまい