スティーヴィー・ワンダー《Someday At Christmas》  いつの日かクリスマスには、ひとり一人の祈りの歌が美しいハーモニー となって、あまねく宇宙に響き渡る。

天使

2019年のブログで、プレスリーの《ブルークリスマス》を題材としたショートショートを書いたのですが、早くも2020年もクリスマスの季節となりました。 今年は僕の大好きなスティーヴィー・ワンダーのクリスマスソングのご紹介と、この曲とはさほど関係のないショートショートをお届けします。

《Someday At Christmas》は、ベトナム戦争真っただ中、1967年に発表された、スティーヴィー・ワンダー8枚目のオリジナルアルバムのタイトル曲。何度かCMで使用された曲なので、聞き覚えのある方も多いはず。 

クリスマスソングの中でも反戦歌(祈りの曲)としていまだに歌い継がれているのは、ジョン・レノン《Happy Christmas 》とこの曲《Someday At Christmas》


どちらもクリスマスの日に世界平和を願う祈りの曲で、ただやみくもに「戦争反対!!」と叫んでいるのではなく、戦争につながる、誰もが心の中に持っている、恐怖、怒り、嫉妬、妬み、そして差別的な感情を見つめ直し、生者、死者にかかわらず、全ての魂を鎮めるための歌なのでしょう。


Someday at Christmas there’ll be no war
When we have learned what Christmas is for
When we have found what life’s really worth
There’ll be peace on earth


いつの日かクリスマスには、すべての争いごとは消えるだろう。
その時僕達は、クリスマスの本当の意味を知ることとなる。
人々が、この世に生まれた喜びを感じ、主の「愛」を分かち合えた時、
世界は平和に包まれるんだ。

(適当な意訳です)

この曲とは直接には関係ないのですが、聖なる夜こそは心穏やかに過ごせるように願いをこめたクリスマスストーリーをお届けします。

サンタクロースの使者、エンジェルが誘う素晴らしき世界へ!?

からす
ショートショート


《白タキシードの天使》


ひとり暮らしのアパート。夜明けの結露が、ガラス窓からくたびれたレースのカーテンに滲みだした頃、スマホから流れる、あいみょんの歌声で今日も目覚める。
(見栄張ってあいみょんて…、若ぶんなよ! 中島みゆき好きやったんちゃうんかいっ!)

カーテンを開けて、向かいの建物の隙間から僅かに覗く都会の空は、今日も重たい鉛色。
(たまには目の覚めるような青を見せんかいっ、空っ!)

昨日のひとり晩酌で深酒しすぎて、
(芋焼酎ロックで何杯呑んどんねん! オッサンかぁ!)

今日はいつも以上に脳みそが鉛のように重たい。
(顔が大きいからや!生まれつき顔が大きいから年中頭重たいねんっ!)

友達に勧められて購入したジューサーミキサーで、
(騙されていらんもん買うなよ、断わりきらんのかい! そんであんな奴、友達でもなんでもないやろがぃ!)

野菜たっぷりのスムージーを無意識に胃袋へ。
(何格好つけてスムージーゆうとんねん! 野菜のしぼり汁、言えよ!)

あぁ、もうスーツ量販店の販売員の仕事に行く時間。
(安い月給でよう働くなぁ、今年もボーナスなしやろ?)

毎日毎日毎日毎日、客のご機嫌とり。そして男の足元に跪いての裾上げ作業。
(そんなに嫌なんやったら、転職せえよ!)

地元の商業高校卒業、即就職してもうすぐ15年目。今年はコロナ渦で会社は倒産寸前。
(やめる勇気も根性もなくダラダラ続けとるからや、マジで倒産してまうで、あの会社)

私の持っている資格は、商業高校で取得した簿記検定3級と珠算1級。
(何の役にも立ってへんなぁ、ほんで今どき珠算って!)

勤め先かえようかなぁ…。でも、何の取り柄もないもんなぁ、わたし。それにもう32歳。
(32まで何しとったんや、これまでの人生で、やってみたいことなーーんも見つからんかったんか?)

今日はクリスマスかぁ…。わたし、クリスマスの良い想い出なんか何にもないもんなぁ、一人でショートケーキ買って食べて、焼酎飲んでメリークリスマス!
(外に出て、教会のミサにでも行ったらどうや? 不貞腐れとらんで少しは自ら行動せいっ! それにクリスマスぐらいワインにしろやっ!)

それにしてもどうして私、彼氏出来ないんだろう。
(又それかい!  顔もスタイルも中の下、学生時代から限りなく目立たんかったお前が、モテる努力もせんで彼氏なんか出来るわけないやろっ!)

はい! わたくし、生まれて一度も男性と、おつきあい経験のない32歳OLでございます!
(誰に言っとんねん!)

わたくし、生まれて一度もナンパも痴漢もされたことがない32歳OLでございます!
(なに偉そうに宣言しとんねん!)

よってわたくし、生まれて一度もデート経験のない32歳OLでございます!
(さすがに悲しすぎるやろ!)

あーーーっ、どうでもいいわ! あーーーっ面倒くさい! 店長にメールして仕事休も。今日はクリスマスだし。
(休んでまうんかい、取り柄は皆勤賞だけやったんちゃうんかい!)

《サンタが町にやってくる》の替え歌で

♪去年も一人、メリークリスマス
今年も一人、メリークリスマス
サンタクロースはやって来ない

(何やけくそで歌ってんねん! それに全然おもろないねん!)

からす


私の頭の中には、関西人の《脳内ツッコミ芸人》(略して《NTG》)がいつの間にか住みつき、私の言動や、周りの出来事の全てに《NTG》のツッコミが脳内で鳴り響くのです。 長年のお笑い好きが高じてこんなことになってしまったのでしょうが、近頃は、この《NTG》のツッコミが口から洩れそうになり冷や汗をかくこともしばしば。 そのうち、一人で怒鳴りながら歩いている、町の変なおじさんのようになるのではと、不安でたまりません。

からす


始めて会社をサボった私。二度寝した昼過ぎ、梅干茶を一杯飲み干せば気分爽快! 
(二日酔いで梅干茶すする発想がオッサンやちゅーとんねん、 そらぁ男も出来んわなぁ)

生まれて初めて世間に抗った気分になって、久しぶりに街に出ます。 とは言っても気楽に誘える友達もおらず、一人で近所の大池公園へ。
(今年のクリスマスも一人ぼっちやなぁ、 まあ、急に男作って即席カップルで自分ごまかすほうが、よけい悲しいけどなぁ)

街の商店街はクリスマスイルミネーションで派手に飾られ、クリスマスソングが鳴り響いています。しかし今年はコロナ禍の影響で、個々の商店に活気がなく、マスク人間の行きかう商店街は、その喧騒とは裏腹に、ポール・デルヴォーの時の止まったシュールな絵画のように映ります。

二日酔いも治ったし、吉野家で牛皿も食べたし、後はコンビニでスィーツ買って公園のベンチで食べよ。そしてアパート帰ってまた焼酎呑んで寝よ。
(やってること全部オッサンやないかいっ!色気もくそもないなぁ。)

からす


今年のクリスマスは暖冬で穏やか。ベンチに座っていても冬の日差しが心地よく、

「何時までもこうしていられたら何にもいらないんだけどなぁ、人生…」

と、ボー――ッと安らいでいると、身体が急に軽くなったように思えた瞬間、何故か大池公園の景色が突然美しく煌めき始めます。歩道、水面、草花、木々、小鳥、青空、雲、風たちが楽しく踊っているように見え、その粒子一つひとつが高速で回転しながら輝いており、彩度も明度も目に眩しく鮮やかで、遥か昔、物心がつく前に同じような景色を見ていたことを突然思い出します。

私には、ほんの2.3分にしか感じられなかったその時間は、実際には何時間も過ぎ去っており、すでに大池の西の彼方には真っ赤な夕陽が沈みかけています。

大池の水面に映る夕陽は、赤だけでなくありとあらゆる色が散りばめられ、私の座るベンチに向かって伸びるのは、極彩色の光の道。

と、刹那…。

大きな夕陽を背にして、光の道の彼方に白い鳥のようなものが現れます。その白い鳥のようなものは極彩色に輝く水面を大股で蹴りながら、跳ねるように飛ぶように、恍惚の表情でこちらにグングンと迫ってきます。 そして目の前の池の水面の上で急停止、水しぶきを全身に浴びせられ、ずぶ濡れになった私を不思議そうに見つめてい…。

な、なんとそれは、大きな翼を背にした白タキシードのオッサン!!

さらにその顔は、まぎれもなくお笑い芸人の板尾創路!!

板尾創路


あっけにとられた私は思考停止の状態で、翼を背にした板尾創路を見つめます。

板尾    お前、わいが見えるんか?

私     …

板尾    見えとるようやのぅ。

私     …

板尾    わいは天使や、サンタの使いで、今年はこの池に舞い降りとる。

     板尾創路

板尾    ん?

     芸人の板尾創路のオッサン…

板尾    誰が芸人の板尾創路じゃ! わいは天使や、かぁいらしいエンジェルやゆうとんねん、失礼なことゆうな!

     どっからどう見ても羽の生えた白タキシードの板尾創路にしか見えませんが…。

板尾    それはお前の心のフィルターが狂っとるからや、狂っとるから、かぁいいエンジェルが白タキシードの板尾創路に見えんねん! 人は物事を見たいようにしか見らんのや、どんだけひねくれたら、かぁいいエンジェルが板尾創路になんねん! それとそこのブログ書いとるジジィ! わいの名前んとこ板尾、板尾って書くなや、わいの名前は天使やっ!

     ところでどうして白タキシードの板尾創路が羽を生やして池の水面に浮いて立ってらっしゃるのですか?

天使    お前もしつこいなぁ、天使ねっ! わいはサンタの使いでここに舞い降りとる、ほんとうは人間には見えんはずなんやけど、なんかの間違いでお前には板尾創路で見えとるんやろ。

     声も言葉も板尾創路の関西弁って?

天使    わいはさっきから美しい日本語喋っとるがな、そう聴こえるんもお前のフィルターが狂っとるからや!こっちは天上界で美しい日本語、一年かけて習って来とるんや、ボーイソプラノの美声で歌うように喋っとるがなっ!

     でもどうして天使が私の前に? サンタさんは子供たちにプレゼントをするんじゃ…。

天使    今年は特別なんや、コロナ禍で大人たちの自殺者が増えてもうてなぁ、そうならんように大人たちに生きる喜びを与えようと、サンタのジジィがもうろくした頭で考えたんやな、その第一号がお前や。 お前今ここで、ごっついい体験したやろ?

     あの綺麗な景色、板尾創路が見せてくれたの?

天使    そうや、でも本当は人間には板尾…いや、天使までは見えんはずなんやけどなぁ。

     じゃぁ、板尾さんのこと天使って認めるから、私の願いを一つ叶えてください。

天使    さっき叶えてやったやろ? 「何時までもこうしていられたら何にもいらないんだけどなぁ、人生…」ゆうとったやないかいっ! 人生に必要なんは、その穏やかな心だけや。

     それはあくまで綺麗ごと。お願いですから私に人も羨む美貌をください! ボンキュッボンの身体をください! イケメンの彼氏ください! 高収入で楽な職場をください! どんなに食べても太らない身体をください! NO!と言える勇気をください! それから、それから…、 
 
天使    ひとつだけちゃうんかい! お前はどんだけ欲深いんや、 そんなこっちゃから脳内に《NTG》が住みつくねん!

     エー――――ッ! 何で知ってるんですか《NTG》? 私、誰にも言ったことがないのに!

天使    天使には何でもお見通しや、そんでお前は《NTG》ゆうとるけど、ちゃうからなっ! あれはもう一人のお前の声や!

     ち、違うもん! 私、あんな濁声であんな汚い関西弁喋らないもん。

天使    わいを板尾創路にしか見ることの出来ん、お前のひねくれた心がそうさせてんねん。

私     あっ、でも今は《NTG》の声が聞こえてこない。

天使    それがサンタの爺さんからのクリスマスプレゼントや。《NTG》みたいなもん脳内に飼っとたら、さっきみたいな綺麗な景色、一生見ることは出来ひん。心がどんどん重とうなって、しまいにブラックホールや、二度と浮き上がれんようになってまうで? まぁ、笑いにするセンスがあったさかい多少は救われとったんやけどな。
 
     そういえばたしかに…、心が軽くなった気がする。

天使    そうやろ? お前の心の中のいらんもん一切合切、断捨離したってん。 ぎょうさん出たでぇゴミ、トラック3杯ぶんや。これからはいらんゴミ溜めこまんで、何時も心を軽ぅして、ウキウキワクワクで人生、生きてみぃ、お前のしょーもない願いなんか、叶うときは叶うし、叶わんときは叶わんのや。それでええやないかぁ。

     だけど私32年生きてて、良いことなんか一つもなかった…、グスン(涙)

天使    そんなことあるかい! 心にごみ溜めこんどるさかい、何見ても何聴いても心動かすこと出来へんやったんや、もう《NTG》もおらんごとなったし、 メソメソせんでアホになって人生やり直してみぃ、世の中捨てたもんやないでぇ!

     で、でも彼氏、ほしいもん。 私、一度でいいからデートしたいもん。 ウェーーーーン、ウェーーーーン、ウェーーーーン(泣)

天使    泣くなや! 32にもなって公園のベンチで大声で泣くやつがあるかぁ! ぎょうさん人が見とるがな、

     ウェーーーーン、ウェーーーーン、デートしたいよーっ! ウェーーーーン(泣)

天使    も、もうわかったわ、わかったから泣くな! 特別やで、特別にわいが今から、お前とデートしたるわ! 

     板尾創路と?

天使    天使やゆうとんねん! こうなったら板尾くらいしんぼうせぇ! お前の住んどる街がどんだけ美しいか、お前が生きとるこの世界がどんだけ素晴らしいか、今から空飛んで見せたるから、わいの背中に乗ってみぃ。板尾の白タキシードは汚さんようにやで!

     自分で板尾の白タキシード言ってるやん! だけど私、本当に空を飛べるの? 私の心と身体、そんなに軽くなったの? この世界はそんなに素晴らしいの? どうして私の彼氏が板尾創路なの? どうして…

天使    じゃかましわいわっ! 四の五の言わんと、はよ背中に乗らんかいっ!

泣きべそをかいた32歳独身のOLを背に乗せて、白タキシードの板尾創路は、すっかり日の暮れた大池の水面を滑走路とし、大きな翼羽ばたかせながら、満天の星煌めく聖夜の大空へ消えてゆきます。 

クリスマス、サンタクロースは天使に託して、大人たちの心の中にもそっとプレゼントを置いていきます。 今年はコロナ禍で、心も身体も痛めてしまっている人たちが沢山います。ですから、いつもよりたくさんの天使たちが、大忙しで人々の心の中を飛び回っていることでしょう。


はたして、その天使たちの気配に、私達は気付くのでしょうか?

幼き頃に置き忘れてしまった豊かな感受性を 私たちは取り戻すことが出来るのでしょうか? 

今年のクリスマスの夜だけは心の窓を少しだけ開いて、天使たちの羽ばたきに耳を澄まして過ごされてはいかがでしょうか?

聖なる夜の静寂の中、心の中にクリスマスのプレゼントを受け取ることが出来たなら、そしてもし仮に、その天使の姿を見ることが出来たなら…。

間違っても白タキシードの板尾創路の姿だけは避けたいもの。



それでは皆様、新型コロナウイルスなんかには負けず、明るい希望を胸に抱いて過ごしましょう! 

メリークリスマス!


おしまい