あぁ麗しの昭和歌謡曲⑩ ザ・タイガース《タイガースの子守唄 》 遠い記憶の奥底に眠るそのメロディーは、明治ミルクチョコレートの甘い香と共に蘇る。

タイガースの子守唄


忘却の彼方にあった楽曲《タイガースの子守唄》。若き日のジュリーの歌声を耳にし、美しい総天然色写真が印刷されたカラーレコードを目にした瞬間、そのメロディーラインと、むさぼるように食べた明治ミルクチョコレート・デラックスの超絶な美味しさは、50年の時空を越えて一気に僕の視覚、聴覚、味覚のすべてを占領してしまったのです!

常々、「理論や理屈の時代は終わり、今からは響きの時代だぁ!」と馬鹿みたいに騒ぎ立てていた僕なのですが、前回のジュリーの記事が、全編屁理屈をこねくり回したあげく凄まじく重たいものとなってしまい、ジュリーファンの皆様方にはとても暗い気分にさせてしまったことをここにお詫びいたします。

今後は《馬鹿の考え休むに似たり》を座右の銘といたしまして、元来のアホに戻り精進を重ねてまいる所存でございます。(うっそで~~す!) 

とにかく、脳味噌がウニになってしまった僕は、とりあえずアホに戻ろうと、完全無欠のアホだった僕の幼少期に思いを馳せます。 同じくアホ人生を全うした、今は亡きジュリー狂の我が母のお話を 久しぶりに書かせていただこうと思いますので、しばしの間お付き合いのほどを…。

何ケ月か前に《谷山浩子》の記事を書くために、その映像をYouTubeで探していたところ、谷山浩子タイガースの大ファンだったということで《タイガースの子守唄》をピアノの弾き語りで歌っている映像を見つけてしまったのです。 それを耳にしたとたん、

「あーーっ、これ、わし知っとるーーーっ!」

となったのですが、その後に怒涛の如く襲い掛かってきた記憶が、タイガースの面々の笑顔の写真が貼られた、ちっちゃいレコードの数々と、明治ミルクチョコレート・デラックスの甘いカカオの味。そしてそして、「美味しいチョコレートにありつけて、ありがたいと思いなさい!」と大量のチョコレートを僕に差し出し、夕日を背に受けて勝ち誇ったように仁王立ちする母親の姿。

《谷山浩子》の《谷》と《山》 夜の公園で絶望と希望にゆれるブランコ。その狭間で点滅する生の醜さ美しさ。https://blog.akiyoshi-zoukei.com/katsu/archives/2531

誕生日でもクリスマスでもなく、ましてバレンタインデーのバカ騒ぎイベントが盛り上がる遥か昔の、何でもない日曜日の夕暮れ。

当時大好きだったザ・キングトーンズの《グッド・ナイト・ベイビー》のファルセットの部分 ♪君のパパもホゥ~  ♪ホゥ~ の箇所の練習を懸命にしていたところ、いきなり卓袱台の上に大量の明治チョコレートをぶちまける母。子供の僕にしてみれば、空から突然、札束が降って来たようなもの。
 


   (興奮気味に) な、な、なんこれ! どしたん!

   あんた、本物のチョコレートが食べたいち言いよったやろ。

当時は、駄菓子屋のチクロまみれの、まがい物のチョコレート以外めったに食べられなかった僕にとっては、黄金色に輝く夢のような明治チョコレート・デラックス! デラックス! デラックス!

   え、今日、姉ちゃんの誕生日かなんかやったっけ?

   姉ちゃんが(一番上の)銀行で働きだしたけ、これぐらいなもんはウチでも買えるようになったとっ!

   でもチョコレートなんか食べたら頭が悪くなるちゆうて、今まで絶対買ってくれんかったやん! 

   そんなこと言うた覚えはない!

   嘘つけ! 嘘つきはドロボーの始まりち、学校の先生も言いよる!

   そんなん言うんやったら食べんでいい、あんたにはやらん!

   嘘、嘘! 食べる、食べる、食べるっちゃ! なんでそんなん怒ると?

   怒っとらん! 姉ちゃん達が帰ってきたらみんなで分けて食べなよ!アホみたいにいっぺんに食べ過ぎて鼻血出さんようにせなやけね!

   はい、わかりました。 おっしゃる通りにいたします お母様。


目の前の札束(チョコレート)に目がくらみ、お母様のご機嫌を損ねぬよう、柄にもない敬語を口にします。この時、人生で初めて物欲に負けて魂を売る行為とはこういう事なのだと、身に染みて自覚してしまった僕なのであります。

Please give me chocolate!

母親の行動には大きな疑問を感じたのですが、僕は札束(チョコレート)に魂を売ってしまった後ろめたさも手伝って、それ以上の追求はしなかったのですが、何ケ月か過ぎ去ったある日のこと、我が家に明治製菓株式会社から小包が届きます。

母はその小包をお仏壇の前に置き、お線香を立て「ありがとうございます」とお礼を言い、おもむろに包みを開けます。

我が家では、いただき物や旬の初物などは、必ず一度仏様にお供えしてから家族で頂くのが風習としてあり、僕はその包みも食べ物で、明治のチョコレートに間違いないと確信し、かたずを飲んで小包の中身をのぞき込みます。 しかしそこから出てきたのは、極色彩のカラーレコード5枚のみ。レコードは黒しかないと思い込んでいた僕だったので、ことのほか美しく見えたのですが、そのカラー写真をのぞき込んだ瞬間、母の今までの行動の全貌を理解したのです。

当時からのジュリーファンの方ならご存知でしょうが、ご存じない方のために、その全貌をご説明いたしますと……、

泣く子も黙る、天下の明治チョコレートのCMキャラクターとして抜擢されていたのが、チョコレートの購買層の中心である若い女性から絶大なる人気を誇った《ザ・タイガース》の面々。 

当時はどのメーカーも販売促進のため、様々なグッズを作成しプレゼントしていたのです。
その時のキャンペーンは、何百円分かの明治チョコレートの包紙を一口とし、それを送ると、もれなくか抽選かで、一枚のカラーレコードをプレゼントという企画。 調べてみると未発表の新曲のちっちゃいシングル盤で、5曲、5種類のカラーレコードが作られたそう。

で、この企画が画期的だったのが、その楽曲の作詞を全国のタイガースファンに公募し、それをプロの作曲家が曲を付けるというもので、明治製菓には何万通かの大量のハガキが寄せられたらしいのです。 

このような企画に僕の母が乗らないわけがありません。 夜な夜な卓袱台で書き物をしていた母を記憶してはいるのですが、タイガースファンだった二番目の姉の話によると、相当数のハガキを送っていたそう。 その内容を覗き込もうとすると、こっぴどく叱られ絶対に見せてはくれなかったそうです。 アホ高校に通う姉も、いくつか作ってみたらしいのですが、母の検閲ですべて却下されたと憤慨しておりました。

母は一応女子大出で多少の文才はあったのです。まめにラジオ番組にタイガースの曲のリクエストを送った際、それなりの文章を添えているものだから、ちょくちょくラジオパーソナリティーに読まれて喜んでおり、家族に自慢げに話しておったので、それなりの自信はあったのでしょう。今考えたら《ハガキ職人》のパイオニアだったのですね!

結局、母が創作したタイガースの作詞はすべて採用されず、どのようなものだったのかは今になっては知る由もないのですが、察するに、その性格とは正反対の、恥ずかしくなるほどの乙女チックでメルヘンチックなものであったに違いないのです。 

何故なら、カラーレコード5曲の中で一番メルヘンチックなファンタジーソングだった《タイガースの子守唄》のレコードを擦り切れるほどに聴いていたから。 

一時期、我が家のBGMは《タイガースの子守唄》のエンドレスリピートで、当時ファンでもなんでもなかった僕は「もう、勘弁してくれよぉ~~っ」の状態だったのですが、またいつ札束(チョコレート)にありつけるかわからなかったので、魂を売ってしまった僕としては、耐え忍ぶしかなかったのです。

50年ぶりに聴いた瞬間に、魂を売った引き換えにそのメロディーと歌詞を完ぺきに思い出して歌えるという、震えるような奇跡を体験させてくれた天国の母ちゃん、

ありがとう!?(泣)

改めて聴くと、オリジナルのジュリーの録音は、テンポがちょっと遅く、キーも少し低いような感じがするので残念なのですが、文頭に書いた《谷山浩子》がピアノの弾き語りで歌う《タイガースの子守唄》はとても素晴らしく、感動してしまいました。 今のジュリーの歌声で聴くと、どの様な曲に生まれ変わるのでしょうか?


おやすみ世界の 子供たち

おやすみ夢見る 恋人たちよ

おやすみ可愛い ぼくの恋人

さよなら知らない 天使どの

少女はいつも 忘れっぽいのさ

夢見ることで 忙しいから

唄ってあげよう あなたの耳に

朝には忘れる 子守唄

甘いショコラ 握って眠る

夢の続きを 追いかけながら

唄ってあげよう あなたの耳に

朝には忘れる 子守唄


メルヘーーーーーン! 

ファンタジーーーッ! 

芸人・庄司のギャグ《ミキティー――――ッ!!》のテンションで大声で叫びたくなるほどに超乙女チック! 当時、姉たちが読んでいた漫画《チッチとサリー》を盗み読みしていた事をこれまた50年ぶりに思い出します。漫画のところどころに書かれてあったポエムが、まさにこんな感じだったのですぅーーーっ! 更には更には、これまた姉たちが読んでいた落合恵子《スプーン一杯の幸せ》の盗み読みなんかも思い出してしまうのですーーーっ!(俺、盗み読みばっかりしとる) 

当時の少女たちの空想癖、妄想癖のエッセンスがたっぷり盛り込まれ、ジュリーに囁いてほしいワードがあらんかぎりに散りばめられた珠玉のポエム!

メルヘン少女ポエム感満載の《タイガースの子守唄》、60過ぎたジジイのわたくし、今でも全部歌えるんです、そして感動してしまうのですーーーっ!

はい、取り乱してしまい申し訳ありませんでした。

しかしそれほどに僕の心の奥のひだに沁み込んでいた《タイガースの子守唄》。作曲は当時の流行作曲家、村井邦彦。やはりド直球のメロディーが素晴らしい! 作詞は多数の公募から選ばれた、藤本泰子という方。更に補作詞として、な、なんと、なかにし礼先生の名前が記されており、一般販売されなかったのが惜しいほどの素晴らしい楽曲。

古希のジュリーが、シャレでもいいので今一度歌ってくれたなら、きっと楽しいくなると思うのですが…。


唄ってあげよう あなたの耳に

朝には忘れる 子守唄


以上、子守唄どころか、朝になったら大切なこともすべて忘れてしまうようになった、健忘症から痴呆症に移行しつつある、60ジジイの思い出話でありました。