100回聴いても飽きないアルバム⑤ チャールズ・ミンガス《直立猿人》

チャールズミンガス

骨太のベースラインと骨太の鉄拳で、個性派揃いの並みいるジャズメンを黙って従わせ、凄まじい熱量と繊細なハーモニーの演奏を繰り広げる、パワハラ全開のバンドリーダー。《躁鬱病の大巨人チャールズ・ミンガス》が生んだ最高傑作が、この《直立猿人》なのです。

至上最強のジャズメン、狂犬ミンガス。 この人の暴力に関する逸話は、もはや伝説となっており、今となってはその真偽は定かではないのですが、逆上癖があり喧嘩早かったのは事実。人種差別や、権力に対しての異常なまでの反骨精神はジャズ界随一。 当然敵も多く、賛同者が少なかったように見えたのですが、1979年、56歳の若さで他界した後、その早すぎる死を惜しむ声は想像以上で、ジャズ界に偉大なる足跡を残したジャズジャイアントの一人だったのです。

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僕がジャズを聴き始めた頃、様々なジャズ入門書の名盤100選に、必ずと言ってよい程選ばれていたのが、この《直立猿人》。最初の頃は、サックスやトランペットなどの華やかな楽器のジャズプレーヤーに目が行き、なかなかベーシストに魅力を感じなかったのですが、《直立猿人》というアルバムタイトルと、ダサイのだけどインパクトのあるジャケットデザインがどうしても気になり、思い切って購入。いつもの様に帰宅途中ジャズ喫茶に寄って、ライナーノーツを熟読。その内容はすっかり忘れてしまったのだけれど、自宅でレコードに針をおろす前に、そのジャズ喫茶のマスターに、人生で始めてリクエストをしたのです。

そう、ミンガスくんの《直立猿人》を。

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自宅のオモチャみたいなステレオとは桁違いの、真空管アンプを通して畳一帖程もある、二つの巨大スピーカーから流れる、大音量のチャールズ・ミンガスが奏でる圧倒的なベースライン! そこから立ち現れるアルトとテナーの二本のサックスアンサンブル。 と、突然響き渡る、ジャッキー・マクリーンのアルトサックスソロ。その背後に絡み付くような、J.R.モンテローズのテナーサックス。そして独特のフレーズと間で飛び込んでくるマル・ウォルドロンのピアノ旋律。 常にチャールズ・ミンガスの野太いベースラインが全員を先導し、グイグイと引っ張って行きます。即興部分ではそれぞれのプレーヤーの個性を十分に発揮させつつ、全体をまとめてゆくという、極めて高度な演奏を展開。その当時は細かいことはわからなかったのですが、この圧倒的な黒さと本物感だけはズシズシと伝わって来たのです。

今まで聴いたことのない音楽の絶対的な力強さに圧倒されたのを覚えています。 ベーシストとしては、ルイ・アームストロングのバンドを皮切りに、チャーリー・パーカーバド・パウエルとも共演し、その名前を高めていたのですが、この作品で、作曲・編曲やバンドリーダーとしての才能を大きく開花させます。もともと、デューク・エリントンを大尊敬しており、大変に影響されていたようです(若い頃エリントン楽団にいたのですが、暴力沙汰を繰り返すミンガスくんに、温厚なエリントンもさすがに解雇せざるを得ず、首になっているのです狂犬ミンガスくん)。 その音楽生は、ハード・バップやゴスペルをベースに、しっかりしたアンサンブルの構成のなかにフリージャズの要素を大きく取り入れ、ミンガス独自のジャズを展開。

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話を《直立猿人》に戻しますと、

アルバム全体が組曲となっており「Evolution(進化)」「Superiority Complex(優越感)」「Decline(衰退)」「Destruction(滅亡)」の4部構成となっています。 ジャズに文学要素の強い物語性と社会風刺を取り入れ、これ以後、ミンガスの反骨精神は亡くなるまで続きます。

僕はこのアルバムで、ジャッキー・マクリーンマル・ウォルドロンという、二人の大好きなミュージシャンを知ることとなるのです。このコンビは、名曲《レフト・アローン》の演奏で有名。昔、角川映画のテーマ曲やCMで使われており、聴いたことがある人は多いはず。

その後、チャールズ・ミンガスにどハマりし、一時期アルバムを買いあさったものです。そのアルバムなかで知り、大好きになったミュージシャンは数知れず、日本が誇るピアニスト、秋吉敏子なんかもミンガスくんの所にいたのです。更にはエリック・ドルフィーローランド・カークなど、僕の大好きなジャズメンは、ほとんどミンガスから教わったようなもの。ミンガスくんエリック・ドルフィーをことのほか可愛がっており、ドルフィーがドイツで客死した時は、人目を憚らずわんわん泣いていたそうで、情に厚い人情家の一面もあったようです。すべてを敵にまわしていた訳でなく、ミュージシャンに対しては才能があれば白人も多く採用し、音楽では常にニュートラルであったそう。

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ルイ・アームストロング(サッチモ)やチャーリー・パーカーの時代は、もっと酷い人種差別が渦巻いていた時代でした。しかし、ルイ・アームストロングは、白人社会の中で、《サッチモ》というキャラクター(道化)を演じながら、批判的な言葉は一切口にせず、歌とトランペットの演奏を通して高い精神性を見せ、結果的に差別する側の野蛮性をあぶり出しました。またチャーリー・パーカーの神がかったインプロビゼーションは、様々な恩讐を越え、そのメロディーは宇宙空間に解き放たれ、聴くものの精神を開放してくれたのです。

それらに対して、チャールズ・ミンガスのウッドベースの波動は、大地の底深くから放たれるマグマの咆哮。ルイ・アームストロングチャーリー・パーカーの奏でる音が、天《天津神》の波動とするなら、ミンガスのそれは、地《国津神》のエネルギーだったのでしょう。

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ジャズが好きになって、おそらく一番聴き込んだであろうチャールズ・ミンガスの音楽。その有り余る《国津神》のパッションは、逝去して30年以上経った今でも、僕に生きる力を与えてくれるのです。

ありがとう! 狂犬ミンガスくん!

おしまい