僕達を救ってくれた珠玉のフォークソング① 吉田拓郎《唇をかみしめて》は、世の不条理を「空に放ち、風に任せろ」と教えてくれた。

唇をかみしめて

悔しいとき、苦しいとき、辛いとき、やるせないとき、すべてを諦めかけたとき。問題そのものは解決しないのだけれど、すべて天に任せてしまえば、そのうち問題そのものが消え去り、答えを必要としなくなることも。吉田拓郎の歌は、そんなことを僕たちに教えてくれるのです。

フォーク界の貴公子・吉田拓郎

デビュー当時はそう呼ばれていたのです。アマチュアフォークサークル《広島フォーク村》から『イメージの詩』を引っ提げてプロデビュー。すかさず《結婚しようよ》の大ヒットを飛ばし、それまでマイナーだった日本のフォークソングを一躍メジャーに押し上げ、ジャンルの革命児となります。その後の活躍は、皆さんご存知の通りで、ヒット曲、名曲は数知れず、デビューから約50年にわたって第一線で活躍、今だに歌い続けており、拓郎の狂信的なファンは全国数知れず。

僕も『イメージの詩』からの大ファンで、姉が買ってきたアルバム『元気です』などは、擦り切れるほど聴いたものです。語りだすと簡単には語りきれないので、今回は『唇をかみしめて』に関してのお話。

からす

武田鉄矢の全盛期。ドラマ《3年B組金八先生》の大ヒットで、当時は我が物顔の武田鉄矢。調子に乗って《刑事物語》という、自身が原作・脚本・主演の映画を制作します。全5作が公開されているのですが、僕はなぜか第一作を映画館で見ているのです。武田鉄矢を好きでも嫌いでもなかったのですが、予告編の《ハンガーヌンチャク》のアクションが面白かったので、一人でフラッと映画館へ。

映画そのものはまあまあだったのですが、エンディングテーマで、《唇をかみしめて》が鳴り出した瞬間、「よ、吉田拓郎、いいっ!」と一人で号泣。映画の内容は綺麗さっぱり吹っ飛んでしまい、広島弁の拓郎の歌声だけを家に持ち帰ったのです。(嘘です、鉄矢さん、ラジオ《今朝の三枚おろし》大好きです!)

からす

武田鉄矢が直接拓郎に曲を依頼して、出来上がった曲をスタッフ皆に聴かせたところ、「何を歌っているのか、意味が分からん」と大不評。武田鉄矢は、映像が上がったら曲をかぶせるから、それを聴いて判断してくれと皆をなだめすかしたそう。後日フイルムが出来上がり、映像と共に曲を聴かせたところ、スタッフ全員大号泣! 誰一人反対するものはいなかったそうです。

一人でしみじみ聴くと ♪人がおるんよねー 人がそこにおるんよねー♪ のフレーズがすべてを物語っており、拓郎、すげー詩を書きよるなぁと涙したものです。

しかし、拓郎のあの歌声は何なのでしょう。どうしてあれほどに説得力があるのでしょうか?

理屈で愛など 手にできるもんならば

この身をかけても すべてを捨てても

幸福になってやる

人が泣くんよねー 人が泣くんよねー 

選ぶも選ばれんも 風に任したんよー

からす

この歌とは直接関係はないのですが、若いころ、町の空手道場にちょこっとだけ通ったことがあり(蹴っても蹴られても異常に痛くて直ぐに辞めました、ハイ。)、その時、道場で一緒に稽古をしていた親子のことを思い出し、簡単な二人芝居を書いてみました。

ほんの5分で読めるショートショートですので、よかったらお付き合いを…。

ショートショート

《おとうさんの空手》

買い物帰り、誰もいない夕暮れの公園のベンチで、一人佇む河馬田(主婦A)。 そこに、偶然通り掛った猿渡(主婦B)。

猿渡     か…、河馬田さん?

河馬田    ………。

猿渡     河馬田さんでしょ? ほーらやっぱり、河馬田さんじゃない。

河馬田    あっ、(あまり嬉しくない様子で…というか、出来ればスルーしたい様子で)猿渡さん…

猿渡     どうしたのよ、暗い顔して。ゾンビみたいよ、

河馬田    い、いや、別に…

猿渡     ここん所、森田式健康体操クラブにもずーっと顔出さないから、皆で心配してたのよ、ゾンビ河馬田さん。

河馬田    ゾンビじゃないんだけど……、 ちょっと、色々と忙しかったので…。

猿渡     それにしても本物のゾンビみたいに顔色悪いわよ…、それに随分痩せたわよねぇ、あなた。

河馬田    ………。

猿渡     わたしなんか、森田式健康体操毎日欠かさずやってんのに痩せるどころか(おなかを叩きながら)ほら、5キロも太ちゃって、ガハハハハハ。

河馬田    ………。

猿渡     何?体調でも崩した? 病気? ガン?  あっ、わかった! 痔でしょう! 隠さなくたっていいわよ! いぼ痔?切れ痔? わたしは、いぼ痔!

河馬田    いや、痔でも病気でもないんだけど…。

猿渡     それじゃ何? 悩み事? 旦那がリストラされた? 浮気でもした? 蒸発した? うつ病? それとも発狂した?

河馬田    ………。

猿渡     聞いてあげるわよぉ、友達じゃない、話してみなさいよ。ね、すっきりするから。

河馬田    で、でも…。

猿渡     心配しなくていいって、誰にも言わないから、ここだけの話にしといてあげるから、ね。

河馬田    (全然信用していない様子で猿渡を伺いながら)身内のことだし、あまり人に知られたくないし…。

猿渡     まあ、町内一のおしゃべり女で有名な私を信用なんか出来るわけがないって、心の中で呟いているあなたのお気持ちはよーくわかります。けれども大丈夫!!約束したら、ぜーったい喋らないって。これでも口は堅いんだから私。ここで会ったのも何かの縁、聞いてあげるから、話してみなさいって。

河馬田    本当に喋らない?

猿渡     喋りません!

河馬田    絶対に絶対?

猿渡     絶対に絶対、神さんに誓って喋りません!

河馬田    (しぶしぶ)……息子のことなんだけど。

猿渡     息子って、肇くん?

河馬田    そう、肇、今年に入って学校行ってないの。

猿渡     今年に入って?もう半年になるじゃない。

河馬田    どうも、いじめにあってたみたいで。

猿渡     いじめって…、あんなに優しい肇くんが?

河馬田    何が原因かよくわらないんだけど、今時の小学生のいじめ、陰湿で…。

猿渡     先生は? 担任の先生に相談してみた?

河馬田    うちのクラスにかぎって、いじめなんてありませんって。

猿渡     だって現に、いじめにあって学校行ってないんでしょ、肇くん。

河馬田    ご家庭に事情があるのではって…。

猿渡     何っ、その教師。ひっどいこと言うのねぇ。連れてきなさいよ、皆でヤキ入れてあげるから。もうボッコボコに……

河馬田    ………。

猿渡     ごめんごめん、つい、むかしの血が騒いじゃって。

河馬田    教頭先生に相談しても、同じ事言われて。

猿渡     所詮、教師なんてそんなモンなのよ。私、先生と警察だけは、いまだに大っ嫌い!自分の立場守ることしか考えていないんだから。

河馬田    肇も、先生に相談するなって怒るのよねぇ…。

猿渡     わかるわーっ、その気持ち。かわいそうにねぇ、肇くん。

河馬田    そこから、うちの旦那がしゃしゃり出てきて…

猿渡     そりゃそうよ、息子の一大事じゃない。そこは、父親として黙ってらんないわよ。

河馬田    何を思ったのか、隣町で空手道場見つけてきてね、肇にここに通えって。

猿渡     あっりゃー、こりゃまた超単純どストレートな発想ね。サルでも思いつくわ、それ

河馬田    ………。

猿渡     ごめんごめん。 冗談だって、冗談。

河馬田    嫌がる肇に「自分に負けるな。自分に打ち勝て、そうすればいじめなんてどうってとない。健全な精神は、健全な肉体に宿る!」って。

猿渡     おまえは笹川良一か、って、ねっ! もう完全に、お父さんスイッチ入っちゃったわね。

河馬田    それでも、肇が嫌がるもんだから、俺も一緒に習うって言い出して。

猿渡     えっ、 ご主人そんなタイプじゃないでしょ? 背ぇこんなに小っこくて、痩せっぽちで、ハゲで貧乏くさくて、そろばんが得意で…。  それに幾つよ、とうに四十越えてるわよねぇ。

河馬田    そろばんは得意なんだけど、絶望的な運動音痴のくせに息子の前で大見得きっちゃったものだから、もう後には引けないでしょ。

猿渡     それで二人して行ったの? 柔道。

河馬田    うん。 空手ね。

猿渡     見るからに弱そうな、ヘナチョコが二人してねぇ…。

河馬田    ………。 

猿渡     ごめんごめん。 冗談だって、冗談。

河馬田    …でもその通り、想像以上のヘナチョコだったのよ。特に旦那が。

猿渡     あっりゃー。

河馬田    最初の一ヶ月は、クタクタになって帰ってくるだけで、頑張ってるなーって見ていたんだけど、そのうち顔腫らしたり、足引きずったりして帰ってくるもんだから、なんかすごく心配になって…、色々聞いてみたんだけど、二人とも何にも話してくれないのよ。

猿渡     あっ、私の友達にもやってる奴がいるんだけど、すごい過激なんだってねぇあれ、殴ったり蹴っ飛ばしたりするんでしょ、柔道。

河馬田    うん 空手だけどね。

猿渡     でも、頑張ってんじゃない、ご主人。

河馬田    で、あんまり心配なものだから、この前こっそり見てきたのよ。

猿渡     えっ、河馬田さんもやるの?柔道。

河馬田    やるわけないでしょ! 見てきたのっ!! カ!ラ!テ!!

猿渡     (まったく意に介さず)で、どうだったの?

河馬田    う、うん。丁度その時、何て言うのあれ、組み手? うちの旦那の番たったのよ。 始まった途端、顔面蒼白でね、腰引けちゃって、足ガタガタ震えて…。

猿渡     ………。(珍しく黙って頷ている)

河馬田    それでも必死になって、手出したり足出したりしているんだけど、相手の人こんなに大きくてゴッツイからびくともしないわけよ。

猿渡     ………。

河馬田    そのうち、殴られるは蹴られるはで、もうボッコボコ。もう、情けないやら恥かしいやらで見てられなくて、

猿渡     …(少し涙目で)肇くんは?

河馬田    黙ってじっと見てた……。唇ぎゅっとかみしめて、ボコボコにされるお父さんを最後までじっと見続けていた…。 あんなにみっともない父親の姿、恥かしいわよね。幻滅するわよねぇ。

猿渡     (いきなりスイッチオン!ざぁけんじゃないわよーーーーーっ!

河馬田    えっ!

猿渡     あんたがそんな事で、どーすんのよ! 旦那が息子の為に必死になって戦ってんでしょ! そりゃぁガタガタ震えて、やられっ放しでみっともないわよ、情けないわよ。でもね、自分の得意な所で、かっこつけたりいいとこ見せたりは、誰でも出来るのっ! 一番根性いるのは、自分が一番不得意な場所で、負けるとわかっていてもなりふり構わず戦っていくことなのよぉ~っ! 涙ぁ流して、血ぃ流して、鼻水ぅ垂らして、ハゲ散らかしてーーーーーっ。

河馬田    いや、ハゲ散らかしては関係ない…。

猿渡     肇くんにだって伝わるはずよ。お父さんの想い。たとえ今、伝わらなくても、大きくなったらきっと分かってくれるって、分からなかったら、この私が力ずくで分からせてあげるわよっ! お父さんの柔道。

河馬田    い、いや空手なんだけどね…。

猿渡     決めた!  私応援するから、あんたの旦那。

河馬田    えっ。

猿渡     今度、道場に応援に行くわ。森田式健康体操クラブのメンバー集めて、派手に乗り込んで行ってあげるっ!

河馬田    い、いや。そんなことしたら…

猿渡     大丈夫だって、皆に今までのいきさつ詳しく話したら、気持ちよく協力してくれるわよ。そうと決まったら善は急げね。私、皆のところ行ってくるわ。

河馬田    だから、そんな事したら皆に…。

猿渡     よーしっ。燃えてきたぞーっ!(早足で立ち去る)

河馬田    (一人取り残されて)神さんに誓って、誰にも…、誰にも喋らないってあれだけ約束したじゃないーーーーーーーっ!(泣く)

おしまい

『僕達を救ってくれた珠玉のフォークソング① 吉田拓郎《唇をかみしめて》は、世の不条理を「空に放ち、風に任せろ」と教えてくれた。』へのコメント

  1. 名前:50カラス 投稿日:2018/11/11(日) 10:27:49 ID:0b2c9e446 返信

    hippy様 コメントありがとうございます。
    吉田拓郎は《イメージの詩》からのファンで、すべて語り尽くす自信がなく、今回はこんな感じ(ショートショートの導入の前振り)になってしまい、ゴメンナサイ。
    そのうち、2.3回に分けてやってみようと思いますので、その時はまた遊びに来てください。
    ロックはあまり詳しくないのですが、
    僕はトム・ウェイツやルー・リードが大好き(古っ!)。
    機会がありましたら、ロック、教えてください。

  2. 名前:hippy 投稿日:2018/11/10(土) 21:15:19 ID:1870388c6 返信

    来たー!吉田拓郎ですか…「刑事物語」懐かしすぎます
    私も『唇をかみしめて』大好き『落陽』とかもです。
    基本、洋楽大好き(ROCK)なのですが。
    邦楽は、何だか 心に沁みますね
    年齢を重ねた分だけ思い出も増えている今日この頃なのですね
    次回を楽しみにしてます‍♂️