100回聴いても飽きないアルバム③ エラ・フィッツ・ジェラルド《マック・ザ・ナイフ〜エラ・イン・ベルリン》

エラ・フィッツジェラルド

名曲《マック・ザ・ナイフ》 舞台「三文オペラ」の劇中歌でジャズのスタンダードナンバー。様々な歌い手さん達がカバーする中、今だ圧倒的な魅力を放つ名演中の名演。エラ姉さん、全盛期の最高にチャーミングな歌声です!

ジャズヴォーカルにあまり興味が湧かなかった頃、深夜のラジオから突如流れて来たエラ・フィッツ・ジェラルド《マック・ザ・ナイフ》、衝撃でした。

このスタンダードナンバーは、サッチモ(ルイ・アームストロング)ソニー・ロリンズの名演(モリタート)で、聴き馴染んではいたのですが、凄まじい熱量で襲いかかって来たエラ・フィッツ・ジェラルドの歌声は「す、すげぇ…。」としか表現できぬ程圧倒されたのでした。

100回聞いても飽きないアルバムシリーズ第三弾は、スキャットの女王、エラ・フィッツ・ジェラルドの名盤《マック・ザ・ナイフ〜エラ・イン・ベルリン》の登場です。

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歴代女性ジャズボーカリストの中でも、スキャットの素晴らしさは断トツで、この人ほどジャズの楽しさを表現したエンターティナーはいないでしょう。エラ自身が乗りに乗ったライヴの模様をたっぷり聴かせてくれる楽しさ満載のアルバムがこれ!

1960年西ベルルン講演の収録で、誰もが知るスタンダードナンバーをエラは自由奔放に歌い尽くします。抜群の音感に裏打された歌唱力と優しく心地よい歌声は、ヨーロッパの人々も魅了しました。この人はその巨体に似合わずに、本当にチャーミングで愛嬌抜群。やはり〈男はつらいよ〉寅さんの言う「男は度胸で女は愛嬌、坊主はお経で、学生は勉強、庭で鶯ホーホケキョー」」は正しかった。

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デキシーランドに始まるジャズの歴史は、その語源が《乱痴気騒ぎ》である様に、そもそもが楽しく明るいエンターテーメントダンスミュージックであったのです。今ではモダンジャズのイメージからインテリの音楽に成り下がっているのですが、本来は軽快な楽しい娯楽音楽で、その醍醐味は、 縦横無尽なアドリヴ演奏にありました。 そのアドリヴで歌うスキャット奏法の凄さと楽しさを存分に聴かせてくれるのが、最後の2曲、《マック・ザ・ナイフ》《ハウ・ハイ・ザ・ムーン》 。

《マック・ザ・ナイフ》「三文オペラ」の劇中歌で、大変物騒がせな内容の曲なのですが、単純なメロディーが半音ずつ転調してゆき、曲が進むに従ってドンドン盛り上がってゆく構成になっています。ただエラは、この時が初演で、歌詞の記憶もままならないまま、見切り発車で突発的にやったそうです。案の定、途中から歌詞が怪しくなったのですが、サッチモの物まねを挟みながら、素晴らしいスキャットで歌いきっているのです。この演奏は僕に音楽の楽しさを教えてくれた曲の一つでした。

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そして最後の曲《ハウ・ハイ・ザ・ムーン》 とにかく一度聴いてみて下さい。このスキャットの凄まじさたるや! もはや原曲はどこへ行ったと思うほどのアドリヴ力、まさにジャズボーカルの醍醐味ここにありです。ここまで遊べたらそりゃぁ気持ちも良いでしょう。 さらにエラ・フィッツ・ジェラルドは、極上のバラードも極上に歌います。

収録曲、ガーシュイン《私の彼氏》《サマータイム》は、パーフェクトな名演です。

まともに原曲通りには歌わず、その時の雰囲気や心情によってメロディーラインを大きく変化させながらのエラ節は、何時聴いても心地よいのです。 これほど自由自在にアドリヴの出来るジャズヴォーカリストも希有でしょう。

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サッチモもそうなのですが、当時の黒人ミュージシャンは皆、激しい人種差別を受けながらの演奏活動であり、大変な迫害を受けているのですが、その怨念を音楽で昇華させ、尚かつ観客にその精神性の豊かさを伝えるエラ・フィッツ・ジェラルドのパフォーマンスを見た時、差別する側の野蛮性が浮き彫りにされ、その低能さがわかるのです。

音楽は不思議な力を持ちます。僕はエラ・フィッツ・ジェラルドのヴォーカルを聴くたびに、何故か生きる勇気が湧いて来るのです。この自由奔放で、チャーミングな歌声、ケセラセラと歌うおおらかさは、まさに《和願施》サッチモと並んで、エラ《和願施》で人々に光を与える、ジャズ界の菩薩様なのでしょう。

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生きることに疲れ、明日に希望が持てなくなった時、全てを諦め、死んでしまおうと思った時、その前に一つだけ試してほしい。何もかもいったん忘れ、どんなジャンルでもよいので、100枚のCDアルバム、100冊の小説、100冊の漫画、100本の映画、100枚の絵画、100首の俳句を見てから、聴いてからにしてくれと、お笑い芸人 《ダイノジ》大谷ノブ彦は言っていました。

その通りだと思うのです。もしかしたら、それらの芸術の何かに引っかかって、人生捨てたもんじゃないと思えるかもしれません。問題の解決は無くても、もう一度自分を世界を信じてみようと思えるかもしれないのです。 エラ・フィッツ・ジェラルドは、少なくとも僕にその光を注いでくれたミュージシャンの一人でした。

そしてこのアルバム《マック・ザ・ナイフ〜 エラ・イン・ベルリン》は、僕にとって、その貴重な一枚でもあったのです。

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おしまい