M-1 2022 タイタン所属・ウエストランドの優勝は、コンプライアンスにがんじがらめにされた令和の表現者(芸人)たちの魂の咆哮だったのか!

ウエストランド

史上稀にみるハイレベルな闘いを魅せてくれた《M-1・2022決勝戦》。その中で圧倒的な雑魚感を発し続けるウエストランド・井口の毒舌マシンガントークが、観客と審査員の支持を獲得し見事優勝! 誰もが感じていた時代の閉塞感を笑いで吹き飛ばしてくれた素晴らしい優勝でした!


僕の大好きな漫才師が多数決勝に選出されていた今回のM-1決勝は、いつも以上に楽しみにしていました。
出場者にとっては地獄のような笑神籤で決まる出番システム。今年は格闘家の那須川天心がくじ引き担当。 まずは一番嫌なトップバッターに選ばれてしまったのは《カベポスター》


初っ端「糸電話って数分後にはめっちゃゴミだね」のツカミで会場の緊張を見事にほぐします。その後はいつものカベポスターのペースで緩やかに心地よく展開され、最後は綺麗に伏線回収。トップバッターの難しさも難なくクリアーし最高のM-1・2022の幕開けとなりました。
審査員の得点もトップバッターとしては高得点の90点台を連発!最後の審査員山田邦子先生の85点に「えーーーーーっ!!」となったものの、トップバッターとしては高得点の634点。 


次に登場したのは今回評価の高い高学歴コンビ《真空ジェシカ》


このコンビも「見つけたら嬉しいどんぐりでーーす!」「言うとしたらぼくぅーー!」というツッコミのガクの見た目イジリのツカミで観客を一気に自分たちのペースに引き込みます。ボケの川北《共演者の信頼》《高齢者の人材》にすり替えて話は展開。シルバー人材センターのネタで強引に最後まで押し切って行くコント漫才。 川北のボケに対し、終始、頼りなく情けないガクのツッコミが心地よい真空ジェシカ独特の世界感。沢山笑わせて頂きました。得点は松本人志の88点を除いて92点~95点の高得点 合計は647点! 


そしてここで《敗者復活戦》を勝ち上がってきた実力者《オズワルド》の登場!


優勝候補のオズワルド、まさかの敗者復活枠からの参戦! M-1ファイナルは今回で4回目の超実力者のコンビ。ネタそのものは洗練され練り上げられた一級品なのですが、既に芸風が知れ渡っており会場の受けもいまいち、得点も639点と思ったようには伸びません。


更に優勝候補として登場したのは《ロングコートダディ》


いつ見ても座りの良い佇まいのお二人、出てきただけで期待感が膨らみます。ネタは《マラソンランナー》というコント漫才。

のっぽの堂前とデブのが交互に入れ替わって演じる変てこりんなランナーのボケ合戦。やはり演技が秀逸なのでどんどんその世界に引き込まれます。
散々ボケ合ったあげく出てきたランナーが素の。ボケでもなんでもなくただただ太っているランナーに抜かされたシーンの意外性が新鮮で面白かった。最後は今までの登場人物が総出演、伏線も見事に回収して終了! 素晴らしい漫才でした!
得点もこれまでの最高点の660点


そして最高の順番で満を持しての登場は《さや香》。 ここから本当の意味での熾烈な闘いが始まります。


結論から言うと、日本漫才史上最高峰の出来栄え。最初から最後まで完璧な掛け合いと絶妙な間。審査員の松本人志《美しい漫才》と評価した通りしゃべくり漫才の芸術品と言っても過言ではない作品でした。 決勝初登場から5年の歳月を掛けて作り上げた勝負の漫才、その迫力は観るものに笑いはもちろん大きな感動さえ与えてくれたのです。 ファイナルステージを含め、この日一番の漫才だったように思われました。

内容はボケ担当となった石井が34才にして体力の衰えを感じ免許返納したという話から始まり、以後新山のツッコミがさえわたります!


●最高だったキラーフレーズ


「お前のオトン(81才)の元気のマックスは、俺の微熱のチョット下や!」


「人間が普通に生きてたら佐賀に行くタイミングなんてない!」


「佐賀は出れるけど入られへん!」


石井のオトンが81才だという設定を泳がせておいて終盤あらためて「えっ、お前のオトン81なん?」という新山のツッコミが最高の薬味となってこの漫才がより一層美味しく感じたのは僕だけではないはず。 とにかくお二人の漫才は、嫌味のない完成された上手さ。更には細部まで徹底的に改良を重ねたであろうネタそのものの魅力。 そしてこの漫才に掛けた情熱の量を想像しただけでもうただひたすらひれ伏すしかありません。

得点は当然のごとく667点の最高点を獲得!


次に登場は僕のお気に入り《男性ブランコ》


このおふたりも日に日に座りの良さが増し、登場と共に笑いの空気が支配します。 ネタは音楽家に音符を運ぶ仕事に携わる平井が、その運び方を説明するというあり得ないファンタジー。 まず八分音符♪を運ぶのですがその大きさが人間大。上のニョロっとしたところが鎌となっており、下の黒い球が重すぎて運ぶ途中よろけてしまい、切っ先が相方浦井の頭部にグサリ! 血を噴出して死んでしまった浦井の傍らでアタフタするだけの運び人・平井。 この展開が何度も繰り返されそのたびに殺されてゆく浦井。 何がすごいかって、おふたりの演技力とパントマイム力。元々演劇畑の出身とあってコントの演技力はピカ一なのですが、それを漫才に置き換えてもその魅力は衰えず絶品のコント漫才を魅せてくれました。
得点は650点 今のところファイナルステージ進出ボーダーラインの第三位!


で、上位三組のあとに登場は《ダイアモンド》


悲願の決勝ランド、そつのない漫才を披露するも最初のボケから観客をつかむことが出来ず、中盤多少は盛り返しはしたものの、出だしの重たい空気を最後まで引きずったまま終了。野澤の思考停止状態の目ん玉の印象だけを残して消えてゆきました。 来年に期待!


そしていよいよ登場するのは、わたくし一押しの女性コンビ《ヨネダ2000》


そもそも優勝は無理なのは分かっていたのですが、とにかくM-1・2022をひっかき回してほしいという大きな期待を込めて見守っていました。
ネタは「イギリスでぇお餅ぃつこうぜぇ!」から始まる、いつものような意味不明のリズムネタ。愛ちゃん「ペッタンコォ、ペッタンコォ」とお餅をつけば、誠ちゃん「アァーーィ!アァーーィ!」と合いの手を入れてゆくのを永遠と見せつけられるだけのもの。

「ペッタンコォ、アァーーィ!」をやりつつ、途中それなりの展開はあるものの最後はDA PUMP《if…》を二人で熱唱して終わるという、他の出演者からしたら失礼きまわりない漫才。
はい、見事に爪痕を残してくれました! 得点は上出来の647点


最後に残ってしまったのは、タイタン所属の二組。 先ずは当ブログでもご紹介した漫才師《キュウ》


いやぁー、見事にハマりませんでした。キュウのネタの中では比較的大衆受けするネタをチョイスしたのでしょうが…。と、思って後日見返してみるとけっして悪い出来ではなく会場受けもそこそこで、まったくハマっていなかった訳ではないのです。やはりヨネダ2000が場を荒らしまくった後の出番が大きな原因だったのでしょう。 なぜかツッコミの清水の顔芸と「~でしょう!」のみがこだまして、ネタのオリジナリティーや構成が観客にそれほど届かなかったのは残念でした。 キュウのネタの独自性は10分程の長い尺で初めてその本当の面白さが理解できるのですが、次回本気でM-1を狙うのであれば、もう一段階上のM-1用のネタを「仕込むべきでしょう!」(僕が考えるよりおふたりは何万倍も考えているのでしょうが…)。


そして今回も10番目、トリの出番となってしまった《ウエストランド》の登場!


2020年にファイナルステージ初出場の際は全力で応援していた僕なのですが、笑神籤で出番を待っている間にエネルギーがみるみる落ちているのがテレビ越しにも感じられ、最終10番の出番の時は待ち疲れのヘロヘロ状態で実力の半分も発揮できず敗退。そのリベンジが今回の決勝ステージ。


河本の出題する《あるなしクイズ》井口が悪口のオンパレードで次々と答えてゆくコンプライアンス全無視の爽快極まりないひがみ漫才。 井口が考案したこの漫才は、


その悪口が芯を喰っていればいるほど大爆笑が巻き起こるシステム。


●笑いが起きれば起きるほどに、審査員、観客、視聴者全員が知らず知らずに共犯となるシステム。


●たとえ自分に飛び火してもそれまで他者を散々笑いものにした手前、怒ることの出来ないシステム。


●全員が共犯者なので、誰もコンプライアンス違反とは言えないシステム。


この完璧なシステムの漫才はこの日ハマりにハマり合計659点を獲得。《男性ブランコ》をかわして三位に滑り込み、もっとたくさん井口の毒舌を聞きたいとみんなが思っていたところにファイナルステージのトップバッターとして再び登場したウエストランド! 図らずも前編、後編の連続二部作の漫才となり後編は前編以上の切れ味で乗りまくる井口


河本「オリジナルのあるなしクイズ、やります?」の一言から大うけ。観客はもっと頂戴の入れ食い状態。こうなると演者は乗らない訳がありません。


《アイドルにはあるけど役者にはない》
アイドルにあるのは、何としてでも売れてやるというあくなき向上心!
舞台役者は観客も持ち回りでお互いの芝居を観に行くだけ。
すぐ演出や脚本のせいにして向上心の欠片もない。 
前売5,500円……、 高けーよっ!


《歌にはあるけどコントにはない》
メッセージ性! 
あ、そうかネタにメッセージ性詰めてくるウザイコント師とかいるかーーっ。
単独ライヴの最後20分の長尺コントとかやめてくれーーっ 
単独ライヴのタイトル、不条理な文章にするのやめてくれーーっ! 
チラシをフライヤーと呼び不条理な写真載せるのやめてくれーーっ!
あっ、答え、フライヤー!不条理なフライヤー!


《M-1にはあるけどR-1にはない》
(食い気味に)夢! 
希望!
大会の価値!
大会の規模!
やっぱり答えは 夢!


《大阪にはあるけど東京にはないもの》
(食い気味に)自分たちのお笑いが正義だという凝り固まった考え!
あぁーーもうウザイ! あるほうもないほうも全部ウザイ!
ここから井口がキレだしてクイズと関係のない悪口を叫びだす。河本「M-1も?」という火に油を注ぐ問いかけに


M-1もウザイ!
アナザーストーリーがウザイ!
泣きながらお母さんに電話するなぁ!! 見てらんないからぁ!


松本人志を代表とする関西芸人まで切り捨て、返す刀で自分たちが出場しているM-1まで切り捨てる徹底ぶり。《ウエストランド》がここまでウケたものだから二番手に登場した《ロングコートダディ》、三番手の《さや香》も素晴らしい漫才を披露したのですが、ファイナルステージ、最終的に印象に残ったのは《ウエストランド》


《漫才》というカテゴリーで考えた時、ファーストランドで芸術的で最高に面白く完璧な漫才を披露した《さや香》の優勝だろうと思っていたところ、《その日、その時に一番面白かった漫才》のキャッチフレーズに嘘偽りなく、大吉先生を除いた審査員全員が《ウエストランド》に投票! 

今回も出番が前々回同様、最終の10番目となったその不利な状況を逆に利用した形で見事にリベンジをはたした《ウエストランド》だったのです。


これまでのウエストランド井口は自身を徹底的に自虐し、最底辺の負け組として漫才を組み立ててきました。勉強もダメ、運動もダメ、背が低い、タイ米たみたいな顔、醜い体形、醜い歯並び、そのため金もないし女にもモテない。さらに自身のプライベート(売れない芸人)のみっともない失敗談の数々も公衆に晒し、そのすべてをお笑いの武器と変え究極の開き直りの果ての今回の毒舌漫才。僕達とは覚悟そのものが違うのです。


人間、基本的には皆みっともなく、情けなく、恥ずかしく、そして惨めな生き物です。それらすべてを自身で受け入れることから人は学び始めます。 井口の毒舌は、それらを受け入れる事の痛みを知り尽くした者のみが叫ぶことの出来る、「何があっても生き抜こう」とする者たちへの人間賛歌だったのです。
お笑いの素晴らしさはここにあります。人生すべての出来事に明るく前向きに笑い飛ばしながら、やみくもに愛し、やみくもに許して生きていこうと思わせてくれる文化こそが、日本人が育んだ《お笑い》という大衆芸能。 コンプライアンス等という小賢しい括りでこの三千世界を理解する事なんて出来ません。 もっと懐を大きく、日本の《お笑い》という文化を理解したいものです。


そんなことを考えさせてくれた今回のM-1グランプリ《ウエストランド》の優勝でした。

おめでとう!

井口 浩之! 河本 太