昭和歌謡曲の到達点と言っても過言ではない歌手、ちあきなおみ。 美空ひばりに勝るとも劣らないオールマイティーな歌唱力と表現力、そして独自の物語を聴き手に伝える圧倒的な演技力、これは天性のものなのか?
先日、かみさんが風呂上りに、
♪あーーそこで愛されて あーーそこで別れぇたぁ~
と、機嫌よく口ずさみながら居間に入ってきました。 久しぶりに聴いたメロディーに、
「その歌なんやったっけ」
と尋ねたところ、
「知らん!」
の一言。 歌詞とメロディーをフルで完璧に歌えており、
「知らんはないやろ!」
とイラッとしたのですが、すぐに思い直す僕。 なぜなら、うちのかみさん、記憶力は平均以下のくせして歌を覚える能力は天才的、1~2度聴いただけでほぼ完璧に覚えてしまうという特殊能力の持ち主。
昭和歌謡曲はくさるほど聴き込んでいるくせに、曲は覚えても歌詞は何度聞いても覚えることの出来ないポンコツな僕からすれば、信じられない特殊能力。
以前、この才能をまざまざと見せつけられた出来事があったのです。
小学校の時に学校でレコードを聴かされ、皆で歌ったという《チコタン》という合唱曲を かみさんが何気なく歌っているのを傍で聞いていた時の事。
50年振りに歌う10分にも及ぶこの長い楽曲を 完璧に情感たっぷりに歌い切たことがありました。この曲をまったく知らなかった僕は、前半は大笑いしながら、終盤は感動し、不覚にも涙しながら聞き入ってしまったことがあったのです。
この曲、ご存知の方もおられると思うのですが、大好きなチコタンへの思いの丈を 小学生の男の子の目線で、関西弁で語られる前半はとても面白く愛らしいのですが、後半突然に起こる出来事に、聴き手は度肝を抜かれることとなるのです。
まあ、本題とはまったく関係ない話なのだけど(じゃあ書くなよ!)。
話を戻します。
その風呂上がりのかみさんの鼻歌が、ちあきなおみ《夜間飛行》だと思い出し、かみさんに
「この歌すきやったと?」
と、尋ねたところ
「全然」
というレスポンス。
「知らん上に好きでもない歌、フルで歌うなよっ!」
「昭和歌謡曲を冒涜すると許さんぞーーっ!」
と、昭和歌謡が大好きな僕は心の中でそう強く叫びながら、
「そ、そうなん」
と穏やかに返します。
ちあきなおみは、昭和の歌謡歌手の中でも大好きな歌手の一人で、アイドル時代のヒット曲《四つのお願い》や《X+Y=LOVE》等をテレビで歌っている姿をリアルタイムで鮮明に覚えています。
当時小学生だった僕はそれほど好きではなかったのだけれど、名曲《喝采》がヒットし、頻繁に歌番組に出演するようになり、その2年ほど後にリリースされた《夜間飛行》は、ちあきなおみの曲の中で一番好きだった歌かもしれません。
この曲《夜間飛行》を聴くたびに、夜の空港の風景、滑走路、窓からのぞく街の夜景等々の映像がリアルに再現され、、キャリーバックを引きながら搭乗口に向かう傷心の美しい女性の後姿に、思わず声をかけてみたくなる僕が出現するのです。
《喝采》《劇場》《夜間飛行》の3作品は、作詞家・吉田旺と作曲家・中村泰士の名コンビが手がけた、いわゆる《ドラマチック歌謡》と呼ばれたもので、ちあきなおみが持つ底知れぬ歌唱力が発揮された傑作の3曲。
中でも《喝采》は第14回日本レコード大賞受賞曲で、一番のヒット曲なのですが、この《夜間飛行》こそが、作曲家・中村泰士の最高傑作と呼んでも良いのではないでしょうか。
ここで、妄想の《夜間飛行劇場》の始まり始まりーーーーっ!(ただし、僕の勝手な妄想なので、御批判、苦情は一切受け付けません!)
昭和歌謡曲の特徴の一つ、インパクトのあるイントロ、哀愁のトランペットが流れ出します。何故か夜の空港を想起させられるのは僕だけでしょうか?
♪最後の最後まで 恋は私を苦しめた
指をつきぬけ涙が あふれそうよ
イントロからこのフレーズの歌い終わりまでは、搭乗して飛行機が滑走路を走り出すまで。 辛かった恋の体験を想い起こしながら、静代は(妄想の中では、主人公の名は静代らしい)切ない未練を歌います。
飛行機の窓ガラスに映る美しくも哀しげな静代の横顔は、思わず声をかけたくなるほどの色香を漂わせます。
♪そして 今……
搭乗後、飛行機の窓から、ウエットな瞳で誘導灯の煌めく滑走路を眺めているうちに、飛行機は静かに離陸して行きます。 この浮遊感は恋の終わり、後戻りのできない運命の離陸を表現しています。
♪翼に身をゆだね 私は旅立つ
遥か雲の下に 広がる街あかり
あがなえない運命に流され翻弄された静代は、翼に身をゆだね、異国の地へ旅立つのです。眼下に広がる親しんだ都会の夜景は、静代の心とは裏腹に、宝石箱をひっくり返したような美しさに煌めいています。この街を離れなけらばならない、やりきれない静代の心情と、夜景の美しさのコントラストは、よりいっそうの恋情を誘い、一筋の涙が静代の頬をつたいます。
♪あそこで愛されて あそこで別れた
このままずっと どこへもおりず
この夜の果て
あそこで愛されてあそこで別れるまでの雅也(別れた恋人の名は雅也のようです)との数々の想い出。この消してしまうことの出来ない想いを胸に、静代は、このままずっとどこへもおりず飛行機と共にこの夜の果てに消えてしまいたいと、自暴自棄になる、かわいそすぎる静代ちゃん。
♪二度と帰らないの
そして帰らないの
二度と帰らないのは、雅也との想い出か?恋情か? そしてもうこの街には二度と戻ってこないつもりなのでしょうか?
間奏のバックに流れるフランス語のナレーション(CAの機内放送)は、もうすぐフランスのオルリー空港に到着する旨を告げており、お洒落な雰囲気を演出してい
るのでしょうが、CAのソフィア(フランス女性の名前はソフィアしか思いつかなかった)の声質がいまいち。機内放送の音質を再現しているのはわかるのですが、もう少し哀愁漂う色っぽいフランス語であって欲しかった。
ソフィアの機内放送は無視して、曲は二番に突入。 静代は、より一層の自分勝手な悲劇のヒロインを歌います。
♪あなたは気付くでしょ
いつか私のまごころに
だけど哀しい目をして探さないで
はい、妄想の女心。
フラれたのかフッたのかは定かではありませんが、時が経てば雅也は、私のまごころや恋心が他の誰よりも素晴らしく本物であったことをきっと気付くはずだと静代は思い込みます。さらに雅也は、哀しい目をしながら私を街中探し回るはずだと、なにがなんでも思い込もうとする静代。 そうすることによって、静代は自身のプライドを守りながら悲劇のヒロインに浸り込めるのです。
♪もういいの…
だれに言っとんねん!
♪不幸を身にまとい 異国へ旅立つ
女のかなしみは 夜空の星になり
きらきら消えてゆく 私は泣かない
このままずっとどこへもおりず
この空の果て
《不幸を身にまとい》 凄まじい表現です。不幸という名のトレンチコートを身にまとい、かなしみのキャリーバックを引きずりながら…。悲劇のヒロイン・静代は夜空の星となり、きらきらと消えてしまいます、この空の果てへ。
美しい!! 気持ちいい!!
妄想の静代はこのあたりから何故か気持ちよくなるのです。
そう、自分にとって都合のいい妄想という現実逃避は、脳内に何らかの向精神物質を分泌し、静代は救われます。
しかし、妄想はあくまで妄想であって、現実では、飛行機はフランスのオルリー空港に到着します。
この空の果て、夜空の星になりきらきら消えて行きたかった静代なのですが、初めてのフランス旅行を楽しむ中で出逢った、フランス男性のイケメン・ピエール(画家)とすぐさま恋に落ち、あれほど愛した雅也の事などすっかり忘れ去ってしまい、きらきら消えるどころか、キラキラに輝きを増していくのでした。
おしまい
悲劇のヒロイン、静代の切実なる恋心の物語を表現すべく書き始めたのですが、歌の二番に入ったあたりから、わたくしの性格の歪からか、イジリとディスりのオンパレードとなってしまいました。作詞家・吉田旺さんゴメンナサイ。 しかしながら、
わたくし、嘘偽りなく《夜間飛行》は本当に大好きなのです!
お詫びとして(誰に詫びとんねん!)次回は、《ちあきなおみ珠玉のカヴァー曲5選》をお送りする予定ですぅーーーーっ!
ミモザ様
コメント、ありがとうございます。
コメント欄の不具合は以前から指摘されているのですが、どうにもパソコンが苦手で放置状態。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
《夜間飛行》のご感想、楽しく拝読させていただきました。ミモザ様は僕と違って前向きな性格のようで、その解釈はとても新鮮でした。人それぞれの静代物語があるのですねぇ。
先の見えぬコロナ禍の中、エンタメ業界が大きなダメージを負っている現状。おっしゃる通り無くても生きていけるのでしょうが、本当に心がすさんでしまいそう。
僕の大好きな格闘技団体《RIZIN》も存続の危機を向かえており、8月に起死回生の二夜連続興行を敢行するのですが、ペイパービューの価格設定がなんといつもの二倍! 購入をためらっておったのですが、ミモザ様の姿勢に見習って、買いますよ!《RIZIN》二夜連続興行5.500円×2=11,000円!! 買ってやりますよぉ~っ!!!(誰に言っとるんだ)
ちょっと取り乱しましたが、次回は《ちあきなおみ珠玉のカヴァー曲5選》をお送りいたしますので、よかったら又いらしてください。