女流講釈師《神田鯉栄》 中島みゆき《ファイト!》の曲をBGMに、語りまするは《修羅場語りの神田鯉栄・登竜門の誉》の一席!(パン!)

神田鯉栄

人間国宝・神田松鯉を師匠と定め、怪人奇人・神田伯山、直の姉弟子 (パン!)、その名も女流講釈師・神田鯉栄ここにあり!(パパン! パン!パン! )、長年の修行の末鍛え上げた、ドスの効いた修羅場読み!(パン!)、寄席高座の釈台を、叩く張りおうぎの軽快な響き!(パン!パン!)、その度に、きらりきらりと光しは、傷つき剥がれかけた鯉の鱗のゆれる様!(パン!)、心を削り身を削り(パン!)、冷たき滝を昇る姿は鯉のごと!(パン!パン!)、今こそ化して龍となり、時空を越えて縦横無尽(パン!)、天上天下唯我独尊、自在自由に天界地界を駆け巡れ!!(パン!パ・パン・パン!)

お前ごときが語るな!!


はい。ごもっともなお言葉。 

つい先日、神田伯山《伯山ティービィー》鯉栄姐さんの存在を初めて知り、そのインタビューにいたく感動。YouTubeに上がっている映像を見つくして、ブログの記事を読みまくっただけ。一度も生の高座を観たことのない、にわかファンのジジィのわたくしに、鯉栄姐さんを語る資格は一ミリたりともないことは、百も千も万も承知。 

しかしながらこの二・三日、鯉栄姐さんの濃い過ぎるお顔が頭から離れてくれず、思い巡らしていたところ、突然に中島みゆき《ファイト!》という曲がわたくしの脳内に鳴り響き、いてもたってもいられずに、2話連続の鯉栄姐さんのお話をさせていただく次第にございます。

からす


中島みゆき《ファイト!》の一節


ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ


暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
光ってるのは傷ついてはがれかけた鱗が揺れるから
いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
やせこけて そんなにやせこけて魚たちのぼってゆく
勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく闘いの
出場通知を抱きしめて あいつは海になりました


ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ


この歌はオムニバス的に様々なエピソードを語りながら、闘い続けている(生き続けている)人達への応援歌。 しかしながらここで歌われている《闘う君の唄》とは、世の不条理や権威との闘い以上に、その運命や宿命を背負いながら、自身の自我(プライド)や様々な我欲と真っ正面から対峙し、自分自身の心の闇(負の感情)に翻弄されながらもその事実をしっかりと自覚したうえで、劣等感、優越感、嫉妬。羨望、そして自己嫌悪と闘いながら日々を生き抜くことを続けている《闘う君の唄》のように僕には聴こえてくるのです。

からす


そこで神田鯉栄姐さん


怪人奇人・神田伯山の出現さえなければ…、

これほどまでに自身の心を搔き乱されることはなかったはず。これほどまでに自身の闇を見せつけられることもなかったはず。 たとえば、突如現れた若きアマデウス(モーツァルト)を眼前にしたサリエリの如く…。


《伯山ティービィー》のあのシーンから、《問わず語りの神田伯山》の伯山が語る鯉栄姐さん。そしてご自身のブログに上げられた《松之丞のこと》という連載記事。

これらの限られた情報を聴きあさり読みあさっていくにつけ、人間《神田鯉栄》の愛憎入り乱れた魅力が僕の胸に染み込んで、頭から、あの濃いすぎる男前の顔が離れなくなってしまうという病に侵されてしまったわけなのです(コロナウィルスより伝染力がありそう)。

からす


特に、ブログで語られる《松之丞のこと》のシリーズ(今後長く続いてほしいと願うのは僕だけではないはず)は、最高に面白い!

神田鯉栄(きらり改め)のブログhttps://ameblo.jp/koudan-kandakirari/entry-12580255857.html

 鯉栄姐さんにとっては面白いはずもなく胸をえぐられる思いで書かれているのでしょうが、読み手にとってこのお話は最高の講談ネタ! 将来、時代背景や登場人物をフィクションとして置き換えてもいいので、是非、新作の講談として《神田鯉栄》で高座にかけていただきたい!

 
漫画《修羅場の人》も面白かったのですが、実際にその修羅場でのた打ち回った、いや、未だにのた打ち回っている当事者のリアリティーや迫力に勝るものはありません。 

鯉栄姐さんのブログ《松之丞のこと》のシリーズは、女流講釈師にしか表現できない物語。神田伯山という、稀代の天才講釈師とのコントラストは、聴く者にとって一番感情移入 できるシチュエーションなのです。 自身の業と対峙し尽くし、その苦しみを通り抜けたものにしか公に語ることは出来ません。

自身の裏も表も、身も心もさらけ出してこその芸人! 女性でこれは至難の業。それを語ることの出来るようになった鯉栄姐さんの芸人としての器は、今後考えられないほどに大きく深くなるのではないでしょうか?

このようなことは、芸人だけではなく一般社会で必死で生き抜いているどの世界の人達にも何らかのかたちで経験しているはず。時代を越え、国境を越えても通じる普遍性を有しているこの物語は、必ず万人の胸の奥底に届くはず。

そう、まさに講談の醍醐味、業の克服の物語になりうるのです!

からす


と、会ったことも話したことも、ましてや生の高座を観たこともないクソジジィのわたくしが(パン!)、見てきたような嘘と妄想で好き勝手に書き散らかしているのですが(パン!)、皆様には年寄りの戯言と優しく聞き流して頂ければと(パン!パン!)、一つ泣きを入れつつも、更に妄想を続けさせていただくならば(パン!パ・パン・パン!)、

修羅場でのた打ち回りながら全身全霊で高座を務める鯉栄姐さんのお姿に重ねしは(パン!)、冷たい滝の水に打たれつつ(パン!)、傷つき剥がれかけた鱗をきらりきらりと揺らしながらも(パン!)、一心不乱に尾びれを揺らす鯉の滝昇りの登竜門!(パン!パン!)、この新作講談、題して《鯉は化して龍となる》!!(パン!パ・パン・パン!)


調子に乗ってはしゃぎすぎ(パン!)、あろうことか《鯉は化して龍となる》などと(パン!)、無許可で勝手に題してしまった無礼非礼(パン!パン!)、平にご容赦いただきたくお願い申しあげますが(パン!)、この新作講談こそは(パン!)、《神田鯉栄》の高座で聞きたいという願いだけは、わたくしの偽りざる気持ち(パン!パン!)、 

そしてこのお話のエンディングソングにピッタリはまるのが、中島みゆきの歌い上げる(パン!)《ファイト!》という曲なのでございますーーぅ。(パン!パ・パン・パン!)


中島みゆき《ファイト!》の講釈、もっと詳しく語りたいのはやまやまなのですが(パン!)、丁度お時間となりました(パン!パン!)、この続きはまたの機会に譲りまして(パン!)、今日の所は《修羅場語りの神田鯉栄・登竜門の誉》という一席(パン!パン!)、この辺で失礼をば致しますぅーーっ(パン!パ・パン・パン!)

からす

吉田拓郎のカヴァー《ファイト!》

拓郎にしては珍しいピアノの弾き語り。感情を抑えて、淡々と歌い上げるこの《ファイト!》は、もう完全に拓郎節中島みゆきとはまた違った景色を僕たちに見せてくれます。

おしまい