審美眼の高さ鋭さ。どうしてこうも才能豊かなゲイが多いのか。

マツコデラックス

マツコ・デラックスの人気は、とどまるどころか勢いを増すばかり。才能豊かなゲイは多のですが、もはや色々な意味でバケモノ級の人物ですね。

あれだけTVに出ていれば、そのうち飽きられて終わるのではないかと(ご本人もそう思っていたようで)思っていたら、今では既に大物タレントの風格と安定度。他のおネエタレントとは物が違うようです。
最近は、菩薩的な母性と包容力を感じるのは、僕だけでしょうか?

からす

そこで思い出すのは、物心付くか付かないかの時期に、TVかラジオで流れていた、丸山明宏(今の美輪明宏)の「メケメケ」という曲を聞いた時の衝撃。ゲイ能会(こんな言葉あるのか?)に初めて触れた楽しさは、今でも大きなトラウマ(よく解らんけど、何かそんな感じ)です。

まだ何も知らない子供(おそらく4・5才)だったので、これちょっとヤバそうなのになぜか心地よいなあと変な気分になりました。その後、丸山明宏は低迷してしまったので、そんな事はすっかり忘れていましたが(子供なので他にもっと楽しいことがあったのでしょう)、「ヨイトマケの唄」で再ブレーク。調べたら僕が小学校に入学した頃で、当時「とぉーちゃんのたぁめなら、エーンヤコォーラ!」と大声で姉ちゃんと歌っていた記憶があります。

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今にして思えば、アブノーマルな蜜の香りに、無意識の反応をしていたのでしょう。(今はいたってノーマルですが、男の子の内には、誰しも多少なりともその要素はあるようで)
ここから今に至るまで、様々なゲイ能会(便利なのでこの造語でいきます)に触れ、感動し、ある種の憧憬や尊敬の念を持って、そのゲイ能会を楽しんできました。

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丸山明宏の次に、再びゲイ能会に洗脳されてしまったのは、高校の時、友達の家に遊びに行っていたとき鳴っていた、ルー・リード「Transformer」というアルバムの「 Walk on the Wild Side」という曲。
当時、フォーク少年でロックはあまりピンときていなかったのですが、このアルバムは痺れました。

ルー・リードつながりで、これもゲイ芸能で、アメリカン・ポップアートの旗手、アンディ・ウォーホルも不思議な魅力の人でした。その文化圏は当時、大変魅力的でその中でも大好きだったアーティストは、ジャン=ミシェル・バスキュア
27才で早死にしてしまった天才アーティストでしたが、その絵は、言葉では絶対表現出来ない、いわゆる記号化される前の情念のエネルギーを色と形で表現した様な独特のものでした。

ちょっと長くなりそうので、続きはまたの機会にゆずりますが、その後も音楽、アート、映画、演劇、ミュージカル等、様々な分野で刺激を受け続けています。

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そもそも、ゲイ能会の住人はどうしてここまで、感受性が繊細で、才能豊かな方が多いのでしょうか?
巷に色々な説は溢れていますが、結果いちばん思うのは、その環境や精神構造の特殊性から、物事を分別したり、常識にとらわれたり、世間体を気にしたりすることを 様々な苦難を乗り越えた末に克服し、ニュートラルな視点から、自由に感じたり、発想したり出来る能力がノーマルな人より備わってしまったのではないかと思われます。(何故かゲイ能会の人の前では、嘘やごまかしが通用しない)

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独特の美意識(本質を見極める目)は、もともとコラムニストであったマツコ・デラックスの根底に備わっており(ここでやっとマツコの話に戻ります)毒舌にカモフラージュされた、物事や人間に対する観察力や優しさは、見ている人々の無意識下に自然に溶け込んでいるのでしょう。

ビジュアルとネーミング(抜群のセンス)のインパクトで時の人となったマツコ・デラックス
その後「テレビタレント」としての隠れた才能が開花した今、天上天下唯我独尊の新たなるゲイ能会の道を邁進して下さるよう、期待しております。

おしまい