《告別》の詩に見る、宮澤賢治の痛切なる叫び。近代社会へのジレンマ。

宮澤賢治

様々なジレンマを抱えながら、《人間とは?真理とは?芸術とは?》を我が命を削りながら生涯探求し続けた不世出の天才、 宮澤賢治の本質を垣間見せる詩《告別》。

その厳しい洞察は、本当は誰に向けられたものなのか?

宮澤賢治の生きた明治の時代は…。

からす

産業革命の結果もたらされた圧倒的な武力を持つ欧米列強諸国の植民地支配の恐怖に突き動かされ、西洋の合理主義や生産主義に翻弄されながらも、そのスピードに追いつこうと日本全体が大きく変化していた時代でした。

ある意味、ネットやSNSの普及によって、気違いじみた時代のスピードに世界中の人々が否応無く乗せられている現代と重なるものがある様に思います。

からす

あらゆるものが静から動へ移りゆく中、明治に始まった義務教育体制は、子供達に大きな可能性の扉を開いた反面、それ迄守られていた日本の子供達の持っていた個々のリズムを壊してしまったように思われます。

人の本能や感覚で刻まれているリズムとスピードは個々の特性であり、その時間の中に情緒や美意識、もっと言えば哲学や宗教観が内包されており、それらを捨てることは画一化された無機質な社会をつくり出し、その民族の文化や歴史を捨てる事です。

からす

その観点から宮澤賢治の詩《告別》を読む時、それは一人の教え子に向けただけのものとはとても思えないのです。

文面からほとばしる、激しい怒りや強い望みは、時代の流れに対して深い悲しみとなって放たれている(賢治自身にも向けて)のでしょう。 賢治自身、世間や父親との軋轢の中、何度も潰されそうになりながらも必死で自身の信念に忠実に生きていたからこそ、 類稀な才能が、比較や競争の世間にまみれながら儚く消えて行く様を何度も見なければならなかったことは、教師として心が痛んだのでしょう。

からす

《告別》最後のくだりに、初めて恋というものを知った時の(賢治の場合おそらく妹のトシだったのでしょう)瑞々しい感受性をそのままに、何者にも(自身の自我にも)影響されず、音楽で表現する事を求めます。

多くの侮辱や窮乏を乗り越えて、 詩を歌ってほしいと切望します。

そして最後に、もし楽器が無いのなら、天のパイプオルガンを奏でてほしいと願います。

なんと美しい表現なのでしょう。

からす

芸術はたとえ媒体がなくとも、自身の魂のみで歌えるのだと叫んでいるのです!

賢治の場合、芸術を表現するものは、化学や農業やその他の様々な労働でもでありうるのでしょう。 生活に押しつぶされながら、対人、対世間に全エネルギーを注がなければ生きて行けない現代に、賢治のいう歌は歌えるのでしょうか?

そう、生きる事そのものが歌であり芸術である認識を皆が持つ事が出来るとしたら…。

最後に、宮澤賢治《告別》を書にのせて…。 1

音の書2http://gift-kou.com/?mode=cate&cbid=2296686&csid=6

告別  宮澤賢治

おまへのバスの三連音が
どんなぐあいに鳴ってゐたかを
おそらくおまへはわかってゐまい
その純朴さ希みに充ちたたのしさは
ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた
もしもおまへがそれらの音の特性や
立派な無数の順列を
はっきり知って自由にいつでも使へるならば
おまへは辛くてそしてかゞやく天の仕事もするだらう
泰西著名の楽人たちが
幼齢弦や鍵器をとって
すでに一家をなしたがやうに
おまへはそのころ
この国にある皮革の鼓器と
竹でつくった管
くわん
とをとった
けれどもちゃうどおまへの年ごろで
おまへの素質と力をもってゐるものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだらう
それらのひとのどの人もまたどのひとも
五年のあひだにそれを大抵無くすのだ
生活のためにけづられたり
自分でそれをなくすのだ
すべての才や力や材といふものは
ひとにとゞまるものでない
ひとさへひとにとゞまらぬ
云はなかったが、
おれは四月はもう学校に居ないのだ
恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう
そのあとでおまへのいまのちからがにぶり
きれいな音の正しい調子とその明るさを失って
ふたたび回復できないならば
おれはおまへをもう見ない
なぜならおれは すこしぐらゐの仕事ができて
そいつに腰をかけてるやうな
そんな多数をいちばんいやにおもふのだ
もしもおまへが
よくきいてくれ
ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき
おまへに無数の影と光の像があらはれる
おまへはそれを音にするのだ
みんなが町で暮らしたり
一日あそんでゐるときに
おまへはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまへは音をつくるのだ
多くの侮辱や窮乏の
それらを噛んで歌ふのだ
もしも楽器がなかったら
いゝかおまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ

おしまい