《沢田研二という現象》 武道館・ボーカル&エレクトリックギターデュオ。全編二人ボッチのライヴツアーを考える。

ジュリー古希

沢田研二 70YEARS LIVE『OLD GUYS ROCK』初日。 な、なんと度肝を抜く二人ボッチの武道館公演。はたして《スーパースター・ジュリー》はどこへ行く!

前略

沢田研二様

申し訳御座いません! わたくしが完全に間違っておりました。 わたくしが悪うございました。 視野も了見も狭過ぎたアホなわたくしをお許しください。 今のあなたは、正しい、間違いなどという二元的なものは消滅し、一元論の次元世界に突入しており、あなたの言動は既に《現象》になっているのですね。 そう仮定し理解する事によって、今までのわたくしの見解が見当違いであった事に気づいたのです。 その気づきに至った経緯をお話しさせてください。

からす

母の哀悼から始まったあなたの記事は、このチンケなブログには不相応なアクセス数を記録しました。 その時始めてわたくしは、あなたの潜在的なファン数が、凄まじい人数であることに驚愕するのです。 たしかに、全盛期のあなたの人気は、日本アイドル史上比類のないものだとは理解していたのですが、テレビメディアから姿を消して既に数十年の長い時が流れている中、いまだこれだけのファンが支持し、あなたの歌手活動に理解を示していることに、再度驚愕したのです。

わたくしも、《人間60年・ジュリー祭り》のライヴ映像を拝見したのを期に、遅ればせながらあなたのファンとして、その活動や言動に興味を持ち、ザ・タイガース時代まで遡り、その時々のヒット曲を聞き直しながら、当時大ファンであった亡き母の想いと共に、《スーパースター・ジュリー》の虚と実に思いを巡らせ、《沢田研二とは何か?》という、おそらく永遠に答えのでないであろう命題を抱えながら、迷宮をさまよっているのです。

からす

今年、3月11日にリリースされた、沢田研二・ニューシングル『OLD GUYS ROCK』も、全4曲、ボーカル&エレクトリックギターデュオ構成のものでした。あなたは去年のライヴのMCで、「新曲を出す限りはヒットを願っている」と言われました。 古希を記念しての楽曲は、《スーパースター・ジュリー》のすべてをつぎ込んだ、今の時代にも通じる、とびっきりのロックンロールサウンドを期待していたわたくしにとって、何とも拍子抜けするものでした。

感動するものであれば、その感想をブログにあげ、ファンの方々と喜びを分かち合おうと思っていたのですが、残念ながらそうはならなかったのです。 おそらくファンでない人が聴いた時の感想も、おおむね同じようなものだと思われるのですが…。

からす

その時感じた事を正直に書かせて頂けるならば、

 まずはジャケットデザイン。 これは以前少しだけ書かせて頂いたのですが、とにかく売るために、目を引き、その音を聞きたくなるようなものにして欲しかった。以前からの、《PRAY FOR JAPAN》のメッセージイメージの流れはわかるのですが、それにしても店頭に並んだときの絵づらに、もう少し力がいるのでは…。

 一曲だけでもバリバリのロックンロールか、意味のないラヴ&ピースな歌が聴きたかった。

③ やはりバンド編成の、派手で厚い音の曲を聴きたかった。

④ 多少ナリとも、ヒットさせるためのプロモーション活動が出来ないものか?(これは原発反対のイメージで無理なのか?)

始めてこのニューシングル『OLD GUYS ROCK』を聞いたときの、わたくしの率直な感想で、楽曲は二〜三度程聴いただけで終わってしまったのです。

からす

で、今回の《70YEARS LIVE『OLD GUYS ROCK』》初日の武道館公演は、CDと同様、またしてもボーカル&エレクトリックギターデュオライヴだと言う事を知ることとなるのです。

わたくしは、9月の福岡国際センターに参戦予定で、一音たりとも聴いてはいないのですが、あの広い武道館。あなたとギタリスト・柴山和彦だけの、二人ボッチのロックンロールライヴ……、絵が浮かびませんっ! わたくしの貧弱な想像力のレベルでは、「大丈夫なのか?」の言葉しか出てこないのです。 いやーーっ、考えさせられました。

考えてもわからないので、そのままにしていたCD、『OLD GUYS ROCK』の四曲を何度も何度も聴き直してみたのです。そして、その結果………、

わたくしの思い違いだった事に気づかされるのです。

からす

あなたの言葉、「新曲を出す限りはヒットを願っている」の、わたくしの解釈は、今現在吹いている時代の風を読み、それに添った楽曲作りやプロモーション活動を出来る限り行なうこと(すべてのヒット曲はそのように作っているはず)だと思い込んでいたのですが、あなたがデビューして今に至るまでの歌手活動を鑑みた時、その解釈は真逆で、あなたが風であり、あなたが時代であったことに気づかされたのです。

全盛期は、あなたの風が時代の風にぴったりとハマった時期で、あなたの風もまた、大衆に迎合するヒット曲を模索していたのでしょう。そして時代も移り変わり、あなた自身も変化してゆく中で、あなたの風と時代の風の向きや強さに、大きな差異が生まれます。

ここでほとんどの歌手が軌道修正し、大衆が求める自身のイメージに添った楽曲をもう一度再構築し、その時代に合ったアレンジを施して、今一度のヒットを狙うのです。

からす

郷ひろみ《GOLDFINGER ’99》などはまさにこれで、大衆が持つ郷ひろみのイメージにぴったり添った曲で成功した典型的な例でしょう。当たり前なのです。多くの歌手は、全盛期に獲得した知名度とイメージを大切に維持し、その貯金で歌手生命を保つのです。以前、郷ひろみディナーショーの裏側を映したドキュメントを観たのですが、いまだについて来てくれているファンに対するサービスが尋常ではなく、至れり尽くせりのおもてなしようでした。これも一つのアイドル歌手の有り様で、好感を持った覚えがあるのですが、あなたは逆立ちしてもそのような事は致しません。そもそもディナーショー、やった事ないのでは…(調べてみたらトークディナーショーは何度かやっているのですね)。

からす

話を戻しますが、あなたが風あなたが時代と仮定するのなら、あなたの今までの言動をとても良く理解できるのです。

昔のヒット曲を必然性がなければ歌わない

常に新曲を制作し、それを歌う

常に新たなファンを求める

ファンレターを読まない、ファンが何を求めているのか興味がない

損得や、賛同を得るためになびかない

パフォーマンス(歌や芝居)だけで、感謝の気持ちを表現する

いまだに新しい風を吹かせ、新しい時代を作っている

このようにデビューから今に至るまで、あなたは時代に添うのではなく、常に時代を作って来たのですね。 そして驚く事に、今年古希の70歳になんと、ギタリスト柴山和彦とのデュオライヴで、全国66公演のツアーを敢行! また、新たな時代を築こうとしています。

わたくし自身、ライヴには未だ行けていないのですが、CD、『OLD GUYS ROCK』の四曲を何度も何度も聴き直しているうちに、あなたの思惑通り、《歌》《言葉》そのものが聞こえ、詩やメロディー以上の、それらに添付された様々な感情やメッセージが感じ取れるような気がしてきたのです。 ジャズやボサノバ、そしてフォークソングのジャンルではアコースティックギターとのデュオはよくある事なのですが、全編通してロックンロールをこの形態でやるのは大変な冒険なのでしょう。

からす

若い頃から《歌》そのものを聴いて欲しいという願望が人一倍強かったあなたが、ギターデュオの構想を還暦前に考えていたと知った時、自身が求める歌唱レベルに達したと思われる10年前に、ボーカル&エレクトリックギターデュオでロックンロールの《歌》《言葉》を聴かせる試みを思いつくのは、必然だった事なのでしょう。

これは、あなたがたお二人と、わたしたち観客との真剣勝負です。わたくしの薄い経験から感じるのは、今回のライヴは、ジャズプレーヤーのアドリブプレイを真剣に聞き取る態度が求められるのではないでしょうか? 森羅万象(宇宙意識)の移りゆくメッセージが、お二人の歌声やギターの音を通して表現される瞬間をわたしたちは感じれるのか、感じれないのか。

あなたが長年望んできた、歌を通しての観客とのコミニュケーションの試み、その真剣勝負の緊張感は、1時間30分程度が限界なのかもしれません。

からす

先日、何処かの週刊誌に、《仙人》とイジられたあなたの記事が載ったそうですが、当たらずとも遠からずで、わたくしは最近、あなたが、歌い手の《達人》に思えてならないのです。

50年に渡っての歌唱の努力や経験を通して、基本の型を徹底的に錬磨した上での技。合気道の開祖・植芝盛平大東流合気柔術武田惣角のような、死の直前が一番強かったとされ、生涯進化し続けた武道の達人の如く、動けば即技の境地にあなたは近づいているのではないでしょうか?

古希にしてその声量と歌唱力。人間業とは思えないのです。それはもう、あなた自身の自我さえも突き抜けた、一つの《現象》となっているのではないでしょうか?

沢田研二という《現象》

それは自然現象のようなもの。そこに人間的な意味もなければ感情も伴いません。ただ、そのように在るのです。

もはやあなたの行いは、一つの《現象》なのです。

陽の光や風、雨や雪や霰の如く、山川草木の如く、そこに好きや嫌いや理屈を挟む余地はないのです。ただそこに、そのように在るのです。今現在、あなたの言動をすべて受け取り、長きに渡ってファンであり続けている古参ファンの人達は、感覚的にそれを理解しているのでしょう。

からす

あなたの言葉、「新曲を出す限りはヒットを願っている」の意味は、世間になびいたり、自身の栄光をなぞったようなものでなく、あなたという《現象》そのものが世の中を動かす事なのでしょう。

もうテレビに出まくって、今一度紅白歌合戦に出場して欲しいなどという見当違いな事は申しません。あなたという《現象》そのものが紅白歌合戦どころか、世の中を動かす可能性を秘めているのだから(原発反対運動もその一部)。

9月19日福岡国際センターでのライヴ、楽しみにしております。 あなたのヴォーカルと、柴山和彦のエレクトリックギターのデュオ演奏の一音一言聞き漏らさず、あなたがたが発するメッセージを心と身体すべてで受けとめ、真剣勝負に望む覚悟でございます。

とは言うものの、単純に心と身体を全開にして、楽しませて頂きます。

からす

昔の江戸落語の噺家さんの小話でこんなのがあります。

何から何まで粋でやせ我慢の江戸っ子、ざる蕎麦は、そばつゆに少しだけ浸し、そのまま一気にスルスルと飲み込むように食べるのが粋なのだそう。この江戸っ子、常にそのように蕎麦を食していたのですが、死ぬ間際に発した言葉が、

「死ぬ前に一度でいいから、つゆをたっぷりつけて蕎麦を食べたかった」というオチ。

沢田研二という《現象》を長々と論じた最後に言うのもなんなのですが、最後にわたくしの独り言を言わせて下さい。

「そうは言っても、後一回でいいから、派手派手の衣装を着た、イケイケのギンギンのロックンロールのジュリーの新曲をフルバンドで聴きたい!」

からす

沢田研二様 70YEARS LIVE『OLD GUYS ROCK』ツアーの成功を祈っております。 お身体ご自愛ください。

※追記 ジュリーの若かりし甘い歌声。心地よいサリーのベースラインに、トッポの哀愁のバックコーラス。 この曲だけは、今のジュリーよリも、この頃の甘ったるい歌声のほうがピッタリで、僕は大好きなのです。

おしまい