あぁ麗しの昭和歌謡曲⑥ 西田佐知子《コーヒールンバ》 始めて聴いたラテンのリズム。初めて飲んだサイフォンコーヒーの苦い味。

西田佐知子

《コーヒールンバ》と言えば西田佐知子、西田佐知子と言えば《コーヒールンバ》。誰が何と言おうとも僕の中では絶対的にそうなのです。《素敵な飲み物コーヒー・モカマタリ》や、《南の国の情熱のアロマ》は、当時何のことかチンプンカンプンだったけれど、そこがまたとてつもなく魅力的だったのです。

西田佐知子《コーヒールンバ》がヒットした1962年当時、僕の住んでいた町には、コーヒーなんて物は存在せず、まして保育園児であった僕にはわけのわからない代物でしたが、この歌はとても心地よく大好きでした。

原曲はベネズエラの作曲家・ホセ・マンソ・ペローニのもので、その甥に当たる ウーゴ・ブランコの演奏で世界的にヒットしたそうです。邦題はコーヒールンバとなっていますが、ルンバでもなんでもなく、ウーゴ・ブランコが新たに生み出した、オルキディアというリズムだそうです。

どちらかというとキューバの音楽に近いように聴こえるのですが、如何でしょうか?

からす

今、改めて聴くと、ラテンのリズム感もいまいち、ギター演奏も拙くて「もうちょっと何とかならんのかい!」と、ダメだししたくなるのですが、 そこは昭和歌謡曲、これで《ちょうどいい》のであります。

いまいちノリの良くないイントロの後、遠くのほうからちょっとエコーのかかった西田佐知子のけだるい歌声が聞こえてきます。こうなってくると、ラテンのエキゾチック感は残しつつも、魅惑の昭和歌謡曲としてお茶の間に鳴り響くのです。

原曲が素晴らしいので、いまだに古くさい感じはしないのです。そのせいか、沢山のミュージシャンがカバーしていますが僕的には、井上陽水のカバーが好みで、こちらも良く聴いていました。

からす

コーヒーの原産はエチオピアで、最初は中東のイスラム社会で飲まれていたそうです。その頃は宗教的な媚薬として飲まれていたそう。日本語の作詞をした中沢清二は、この辺りをベースにしてこの素敵な詩を創作したのでしょう。 《素敵な飲み物コーヒー・モカマタリ》や《南の国の情熱のアロマ》なる物は、幼い僕の頭の中での妄想を掻き立てるのには十分に魅力的な物だったのですが、当時はインスタントコーヒーさえも知らず、豆を挽いてサイフォンでコーヒーを淹れることを知るのは、中学校卒業まで待たなければならないのでした。

西田佐知子の《コーヒールンバ》は、幼稚園児が記憶にとどめるほどに魅力的な歌だったのです。

《コーヒーモカマタリ》《南の国の情熱のアロマ》で僕は心ウキウキとなり、若い娘に恋をすることとなるはずの《素敵な飲み物》は何時飲めるのか? それが現実の物となったのが小学校3年生の春でした。

からす

貧乏な我が家も、一番上の姉の提案でこしゃくにも朝食がパン食となり、その飲み物として、ネスカフェ・インスタントコーヒーなる物が購入されたのです。 待ちに待った《コーヒーモカマタリ》《南の国の情熱のアロマ》

これで僕も晴れて心ウキウキとなり、たちまち若い娘に恋をすることとなるはずだったのですが、しかぁーし、姉が入れてくれた《ネスカフェ・インスタントコーヒー》は、僕の思ってたのとまったく違った物で、子供にとっては苦いだけの代物。砂糖とクリープを山盛り入れてやっと何とか飲むことができたのです。

慣れてくるとこれはこれで美味しくなるのですが、僕が妄想していた《コーヒーモカマタリ》《南の国の情熱のアロマ》ではないのです。

そこでない頭を絞って考えます。そう、淹れかたが違うのだ。コーヒーカップに粉をいれ、姑息にスプーンでちまちま混ぜて安易に出来た物が《コーヒーモカマタリ》であるはずがないのだ。本格的な道具を使って淹れないと《南の国の情熱のアロマ》にはならないのだと思い、その道具を父親が騙されて購入した《世界原色百科事典》で調べた所、サイフォンなる物の存在を知ることとなるのです。

当時は高価な物で、どこで売っているのかもわからないまま《ネスカフェ・インスタントコーヒー》を飲み続けるのですが、6年の歳月を経た中学卒業時、たまたま友達が所有していたサイフォンを借り受けることとなったのです。

からす

夢にまで見たサイフォン。ピッカピカのサイフォン。これで僕も晴れてコンガ、マラカス楽しいルンバのリズムに乗りながら、若い娘に恋することが出来るのです。

借り受けたサイフォンと岩田屋デパートで購入したコーヒー豆を持って心軽やかに帰宅すると、二人の姉と母親の三バカトリオが何やら話しかけてきます。

姉1    何ねそれ。

僕     文化意識の低いお前達には解らないであろうが、これはサイフォンと申す物で、《コーヒーモカマタリ》を淹れるもの。

姉2    カマタリ? フジワラノカマタリ?

僕     ばか者!《コーヒーモカマタリ》も知らんのかお前らは!

姉1    だけ何ね、そのカマタリちゅーのは。

僕     アラブの偉いお坊さんが淹れたとされる、しびれるような香りいっぱいの、こはく色した飲みものなのです。

母     能書きはいいけ早よ淹れりっちゃ、そのカマタリを。

僕     かーーーーっ! 《コーヒーモカマタリ》も知らん輩に飲ますんは勿体ないんやけど…。しょうがない、下々のお前達にも分け与えて進ぜよう。

姉2    あ!それ、アルコールランプやん!理科室からかっぱらって来たんやないやろねぇ、あんた!

僕     うるさい!お前は喋るな! それでは気を取り直して…。 まず、岩田屋デパートで買って来た香り高きコーヒー豆をここに入れて…。

母     え? 豆のまま入れると?

そうなのです。綴じ込み付録の浅智慧程度の僕の知識では、コーヒー豆を挽くという知識がすっぽり抜け落ちており、豆のままサイフォンで淹れたものだから、沸騰したお湯が上のガラス容器に移り、ただ豆を泳がせただけで、そのお湯はそのまま下のガラス容器に移ったという、お湯の上下運動を見守っただけで終わってしまったのです。

試しにそれを姉達に飲ませてみた所…

姉1    お湯やん

姉2    お湯やん

母     バカやないと?こんなん飲まんでもわかるやろ! このお湯があんたの言うカマタリね!

僕     うるさい! 今日は予行練習やったと! 明日また岩田屋デパートに行って豆を挽いてもらって来るけ、それまで待っていなさい。

と言う訳で、三バカトリオの前でその上をいく醜態を晒してしまった僕なのですが、翌日コーヒー豆をサイフォン用に挽いてもらって再びサイフォンショーを開催。今日こそは《コーヒーモカマタリ》《南の国の情熱のアロマ》を実現すべく、BGMとして西田佐知子の《コーヒールンバ》をラジカセで鳴らし準備万端。

再び三バカトリオの前でリベンジマッチの始まりとなる訳です。

僕     昨日は、ちょっとした手違いでいい結果は得られなかったのだが、今日は抜かり無し。本物の《コーヒーモカマタリ》をお前達に、振る舞って進ぜよう。

姉1    どうでも良いけど、何なん、この変な懐メロは?

僕     お前は西田佐知子の《コーヒールンバ》も知らんのか? 

姉2    なんか気持ちわるっ! 

僕     き、気持ち悪いと言うのか? このコンガ、マラカス楽しいルンバのリズムを

姉1    それよりあんた、カマタリ、今日は大丈夫なんやろね!

僕     私は、お前達のように同じ過ちを二度おかすような愚か者ではない! ほら、見なさい!この痺れるような香りいっぱいの挽きたてのコーヒー豆を!

それは、初めて体験する本物の挽きたてのコーヒー豆の香り。家族全員、幸せの香りに浸るのです。コンガ、マラカス楽しいルンバのリズムに乗りながら、今度こそサイフォン《南の国の情熱のアロマ》の素敵な飲み物を楽しめるのです!

豆のまま丸ごと入れたのとは違い、何とも言えないコーヒーの香りが部屋いっぱいに広がります。事前に暖めておいたそれぞれのコーヒーカップに、淹れたてのコーヒーを注ぎ、三バカトリオの前に。

僕     下々の者、心して飲むように。

姉1    にがっ!

姉2    にがっ!

母     ま、まずっ!

僕     かーーーーっ! やっぱりお前達に飲ませるんじゃなかった。 サイフォンで淹れた《コーヒーモカマタリ》も味わえぬ品性下劣な輩め! 私のように違いのわかる文化人が飲むと…  このように、に、にが……、い、いや、そんなはずはない。俺のコーヒモカマタリは、痺れるような香りで、こはく色で、心ウキウキで……。

姉1    あたし、砂糖とクリープ、いっぱい入れよっと。

姉2    あたしも入れてっ!

母     あたしも!

僕     ばか者! 《コーヒーモカマタリ》はそのままの味を楽しむもの、あっ、そんなに砂糖とクリープをぶち込んだら《コーヒーモカマタリ》 の芳醇な香り…

姉1    美味しいっ! 

姉2    コーヒーはやっぱこうして飲まんといけん!

母     やけど、これやったらネスカフェと何も変わらんやん。

姉1    そうそう、あたしやっぱし、カマタリよりネスカフェでいいや。

姉2    あたしも。

西田佐知子の《コーヒールンバ》の流れる中、僕一人を残して、気配りのカケラもないこの三バカは立ち去って行くのでした。

夢にまで見た「素敵な飲み物」《コーヒーモカマタリ》

「やがて心ウキウキ」なはずの《コーヒーモカマタリ》

「たちまち男は若い娘に恋をした」はずの《コーヒーモカマタリ》。

「みんな陽気に飲んで踊ろう愛のコーヒー・ルンバ」なはずの 《コーヒーモカマタリ》……。

思ってたんと違う……、 

思ってたんと違うやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーん(泣)!

僕の長年夢見た《コーヒーモカマタリ》は、その味の苦さと重なって、文字通り苦い想い出として記憶に残ることとなったのです。《コーヒーモカマタリ》の本当の味を楽しむには、その後数年の年月が必要だったのでした。

しかし、今でも西田佐知子の《コーヒールンバ》を聴くたびに、幼き頃妄想していた夢の媚薬「やがて心ウキウキ」なはずのコーヒーモカマタリ》を求める僕がいるのです。

《コーヒールンバ》 

作詞・作曲:Jose M. Perroni、日本語詞:中沢清二、歌:西田佐知子

昔アラブの 偉いお坊さんが
恋を忘れた あわれな男に
しびれるような 香りいっぱいの
こはく色した 飲みものを
教えてあげました
やがて 心うきうき
とっても不思議 このムード
たちまち男は 若い娘に恋をした
コンガ マラカス
楽しいルンバのリズム
南の国の 情熱のアロマ
それは素敵な 飲みもの
コーヒー モカマタリ
みんな陽気に 飲んで踊ろう
愛のコーヒー・ルンバ

コンガ マラカス
楽しいルンバのリズム
南の国の 情熱のアロマ
それは素敵な 飲みもの
コーヒー モカマタリ
みんな陽気に 飲んで踊ろう
愛のコーヒー・ルンバ
みんな陽気に 飲んで踊ろう
愛のコーヒー・ルンバ
みんな陽気に 飲んで踊ろう
愛のコーヒー・ルンバ
みんな陽気に 飲んで踊ろう
愛のコーヒー・ルンバ

おしまい